8月~祖父たちの思い 「ドンパチはもういい」
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 8月が近づくと、戦争や平和を題材にした話題が多くなる。毎年さまざまなエピソードが実写やアニメなどの手法を用い、映画・ドラマ・ドキュメンタリーと公開放送されていく。特に8月は終戦と原爆投下を題材にした物語が多い。

 私は原爆を題材にした作品の経験はないが、終戦の日~玉音放送に関する作品に二つ関わった。映画「日本のいちばん長い日」とNHK―BS「玉音放送を作った男たち」だ。どちらも戦争終結をめぐる8月15日の騒動を描いている。

 2作品とも軍事指導をさせていただいたのだが、特筆すべきはそれぞれ出演部分で、全く逆の立場を演じたこと。先の映画では玉音放送を阻止し戦争続行のために決起する陸軍将校、後者のテレビ番組ではその決起した将校たちを戦争終結のため、説得して沈静化させようとする陸軍将校だった。

 それぞれが実際にあった出来事で、資料等を調べると実は双方の思惑が同じということに気が付いた。考え方や行動手段は逆だが、共に「日本のため」と信じての行動だったようだ。結果、玉音放送はラジオを通じて放送され、戦争は終結した。その後はさまざまな苦難を乗り越え現在の日本の姿がある。

 身近な戦争体験者だった祖父の話を思い出した。祖父は子持村(現渋川市)から出征し、終戦時は中国の徐州にいた。雑音だらけの玉音放送を「途中まで」聞いたそうだ。なぜ途中まで?と聞いたら、放送を聞いていた仲間の兵隊が、冗談じゃない!とラジオを壊してしまった。そしてほとんどの兵隊が泣いていたと。なぜ泣いていたのか…。祖父からは明確な回答は得られなかった。敗戦の悔しさや、これで生きて帰れるといううれしさなどさまざまな思いがあっただろう。

 私が自衛隊に入隊した頃、祖父がよく言っていたのは、「ドンパチはよぅいじゃねぇ、もうやりたくねぇな」と。簡単な言葉だが私はとても重く受け止めた。ドンパチ=戦闘。自衛隊の訓練でさえつらく大変なことが多々あるのに、祖父たちは実戦で生死を懸けていたわけだから。

 今、私が関わってきた戦争を題材にした映像作品を祖父が見たら何と言うだろう。残念ながらもう祖父は他界して感想を聞く事はできないが、こう言うかな?と想像は付く。「本当のドンパチはこんなもんじゃねぇ」だろう。

 1987(昭和62)年頃だったか新聞に「最後の旧軍出身の自衛官が退官」との見出しで、戦場を知らない自衛隊になったという記事が掲載されたのを覚えている。終戦から73年。近い将来、戦争体験者は居なくなってしまう。そうなる前に体験者のさまざまな思いを作品に反映させて、残していけたらと思う。



軍事監修指導、俳優 金子昌弘 渋川市金井

 【略歴】元陸上自衛官。盆栽店の傍ら映画「野火」「シン・ゴジラ」、ドラマ「新・十津川警部 伊香保温泉殺人事件」などに関わる。前橋市出身。勢多農林高卒。

2018/08/25掲載

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