戦争を知るために 被爆樹木が届ける記憶
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 一樹一樹に家族の思い出が刻まれている。戦争は遠いことと思う人、怖いと目をそむける人にこそ届けたい。原爆を生きのびた木とそばで生きる人々のことを。

 子ども向けの講演会や小学校の平和授業で話すのは楽しい。焼け野原で新芽が出たことを話すと、子どもたちは素直に感動し目を輝かせる。

 「原爆にあったのに木はどうして生きられたの」「どんな花が咲いたの」と次々に質問してくる。丁寧に答えた後で、木の持ち主から聞いた被爆体験を話すと真剣な表情で耳を傾けてくれる。亡くした家族への思いがこもるイチョウやクスノキに「いつか会ってみたい」と多くの子どもが言う。心に届いたとほっとする瞬間だ。

 思いもかけない大人からの声に驚くことがある。「木の話は軽い、新芽の写真は明るすぎる、残酷さを伝えていない」。そう言う人は本人が語る被爆証言や悲惨な映像でなければ伝わらないと考える。戦争を直接知る人の言葉は強く、写真は事実が迫ってくる。

 しかし最近、原爆の写真や映像が怖くて見られない子どもが増えたと感じる。戦争の授業では目を閉じるという中学生、原爆写真を見せないでと頼む親。そんな人の心に寄り添いながら伝えたい。2本の映画がヒントをくれる。

 アニメ映画『この世界の片隅に』。被爆によるケロイドや無残な死の描写がなくても、戦争の悲惨さは身近な恐怖として伝わってくる。「私たちの日常でも起こり得る」と気づく。この内容にも賛否あり、故郷広島では両者が意見をぶつけ合うのを見かける。「生ぬるい、原爆の実相を全く伝えていない」と憤る声。「普通の生活が描かれ、原爆や戦争に関心のない人にも考えるきっかけを与えた」と評価する声―。

 ドキュメンタリー映画『陸軍前橋飛行場』でも前橋空襲の生々しい映像はほとんどなかった。当時を知る人々が語る肉声と表情とで十分、戦争の愚かさは届いただろう。

 映画が教えるのは、戦争は家族の幸せを破壊するという現実。木はその悲しみを人と共有できる存在だ。木を見上げれば、大切な人を思い出す。広島161本、長崎46本。木の数だけ家族がいる。木をめぐる人の記憶を伝えよう。

 私の背中を押してくれる声で締めくくりたい。被爆樹木の写真パネル展示を見た若い女性が声をかけてくれた。

 「子どもの頃から戦争の授業や原爆の写真が怖くてしかたなかったんです。でも、木の写真なら見られたし、被爆者のお話も読めました。木のそばでこんなにひどいことがあったんだって、ちゃんと伝わってきました。今まで原爆や戦争を知ろうとしなかったなと思って、原爆の本のコーナーに行ってみました。これからも続けてください。私のように怖い思いでいっぱいの人でも、木を通してなら、きっと伝わると思います」



文筆家 杉原梨江子 前橋市日吉町

 【略歴】文筆家。広島の被爆樹を取材し、関係者の証言とともに紹介する本「被爆樹巡礼」を出版。2017年、前橋市に転居。広島県府中市出身。武蔵野女子大卒。

2018/09/07掲載

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