最後の国旗掲揚 夢を携え歩む新元号に
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 平成最後の○○~最近よく耳にするようになった言葉。来年の4月30日に平成が幕を閉じる。私たちの年代は昭和の後半に青春時代を過ごし、平成に朱夏時代を送ってきた。次は今までの経験をまとめた白秋の時代を送りたい。

 前もって元号が変わるのが分かっていて、最後の○○~と言った名残惜しむような風潮は、昭和の終わりには感じなかった。ただ何となく連日の報道で、天皇陛下のご容体を聞くたびに“何が変わるのかな…”と。またそう思っても、それを話題にする世の空気ではなかった。

 私は当時、新町駐屯地に勤務する自衛官。連日の報道は気になっていたが、勤務自体は平常通り。だが昭和の終わりは突然だった。昭和64(1989)年1月7日。年末年始の休暇が終わり、私は交代制の警衛勤務についていた。その日は朝からテレビ等は特別番組ばかり、昨日とは様子が違うな~と思いながら、警衛勤務の大事な任務の一つ「国旗掲揚」に向かった。この掲揚任務はとても神聖で厳粛な雰囲気の中、旗衛隊3人で行う。私はその中の一人だった。

 午前7時50分、きれいな三角形に折り畳まれた国旗を、白手袋の両手でささげ持って屋上へ向かう。途中それを見かけた隊員は階級関係なく、動きを止めて敬礼で見送る。屋上の掲揚台で国旗をしっかりと掲揚ロープに結び、8時に鳴り響くラッパの音を待った。

 当直幹部という責任者が時計を見ながら「国旗掲揚3分前」と言った時、他の当直隊員が屋上への階段を全力で駆け上がってきて「半旗です!半旗を揚げて下さい!」と怒鳴った。当直幹部はその意味をすぐに理解し、私たちは慌ててその場で半旗掲揚作法を確認して、8時ちょうど無事に掲揚は終わった。7時55分、掲揚5分前の発表だった。

 天皇陛下崩御の際の半旗掲揚は、自衛隊創設以来初! 昭和が終わったことを皆へ伝える掲揚任務となった。この体験は偶然に、たまたまそのタイミングで勤務していたからできたことで、とても貴重な経験と思い出になった。

 来年の平成が終わる日、天皇陛下は譲位されるので、昭和の時のような社会ムードになることもないだろう。改元の期日が分かっている~現代人の私たちにとって初めてのことだ。昭和の時と違って、新しい時代を迎えるということが広く語り合える。平成になった時の国内はバブル景気のピークを迎え、世界ではベルリンの壁崩壊や冷戦の終結等の出来事があった。

 果たして新元号の幕開けはどんな年になるのか? 平和で安定した世の中であってほしいのはもちろん、多くの人たちが何か夢を持って暮らせる世になってほしい。激動の昭和、そして平成は後に何と呼ばれるのか? 新元号と同じく気になるところだ。



軍事監修指導、俳優 金子昌弘 渋川市金井

 【略歴】元陸上自衛官。盆栽店の傍ら映画「野火」「シン・ゴジラ」、ドラマ「新・十津川警部 伊香保温泉殺人事件」などに関わる。前橋市出身。勢多農林高卒。

2018/10/10掲載

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