今、何ができるか 良き死とは良く生きる
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 病気を経験して私の中で一番変化があったことは、「今何をしたいか」「何をすることが自分にとって大切か」とより考えるようになったことです。

 「死」というものはすごく先で不確かなものでしたが、がん告知を受けてからは「死んでしまうかもしれない」という現実がいきなり身近になり、人生について昼夜なく考え続なければならなくなりました。人生の時間は限られていて、その中で何をしてきたか、家族や他の人のために行ってきたと思っていたことが本当にその人のためだったのだろうか、皆へ何か残せることをしてきただろうかと。

 早く病気を治して、人生を新たに歩き始めたいと思いましたが、治療はまだまだ先の見えない状態で、治りたい、治るだろうか、どうしたら治るだろうかと気持ちだけが焦るばかりでした。気持ちのつらさが強くなったとき、普段から良くしてくれていた看護師さんに「私本当に治りますか」と伝えると、「病気は、『治る』じゃなくて『治す』だよ。治すために今できることは何?」と聞かれました。

 誰もが病気になればそれを治したいという気持ちになります。しかし、どんなにがんばっても治らない病気もあり、「治る」「治らない」の結果は、誰にもわからないことで、自分の力ではどうにもならないことかもしれません。抗がん剤を使っても治るかどうかはわからない、でも抗がん剤が使えるようにマスクや手洗いをして感染予防をすることや、つらい気持ちを心許せる人に話して前向きに治療を進めていくことは、「今」自分にできることでした。

 物事には、二つの種類があることを知りました。一つは、自分の力ではどうにもならないことで、もう一つは自分の力で変えていくことができることです。そして、今何ができるかが一番大切です。それを自分の人生の価値に従って、見極めて生きていくことが、より良い人生を歩んでいくために必要なことだと学びました。

 今まで公私ともにたくさんの患者さんと関わりを持たせていただき、みなさん本当にさまざまな人生を過ごし、さまざまな思いを抱いて最期を迎えられる方もいました。その時が近づき、生活範囲がベッド上になり食事が取れなくなってきたとしても、カーテンを開けるときに差し込む陽(ひ)の光や体を拭くタオルの温かさに「気持ち良い」とほほえむ姿が思い出されます。みなさん自分の人生を「良く生きた方」であり、どんなに生活が小さくなってきたとしても最後まで行うケアの全ては、「生きるためのケア」です。

 良き死とは良く生きること。私が今行うことは、自分の思いに従って、二つの物事を見極めながら、家庭や仕事や患者会活動を守り、良く生きていくことです。



子宮・卵巣がん患者会「みゅらりっぷ」代表、助産師 三武美紀 桐生市広沢町

 【略歴】看護師を経て助産師に。胎盤の細胞ががん化する絨毛(じゅうもう)がんを発症し、子宮と卵巣を摘出した経験から「みゅらりっぷ」を立ち上げる。桐生大短期大学部卒。

2018/10/13掲載

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