県境なき地域学(1) つる舞うかたちの虚像
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 「朔風わたる冬の日も 赤城の山は呼ぶごとく 不動の姿仰げとよ 自主独立の意気高く」。ある中学校の校歌の一節である。朔風とは北風のことで、ここでは赤城おろしをいう。冬の冷たく乾いた強風にも動じない赤城山の凜(りん)とした山容を自主独立の精神に例えたのだ。しかしこれは群馬県の学校ではない。埼玉県本庄市立東中の校歌である。

 「赤城ね仰ぎて心雄々しく自主独立の旗掲げ」(深谷・岡部中)、「赤城の山の雄々しくも理想の光仰ぎつつ」(深谷・幡羅中)、「赤城おろしを堪えしのび 沼の泉にみそぎして」(熊谷・別府中)など、埼玉県北部地域7市町の公立中34校のうち、管見の限り8校が校歌で赤城山を歌っている。本庄市立南中に至っては「秩父嶺青く遙(はる)かに赤城」、「大久保御荷鉾受け継ぐ歴史」、「西空越えて浅間のけむり」と、赤城に加えて浅間と御荷鉾までを情景に加える。

 秩父の山はどうかというと、意外にも10校にとどまり、しかもそのうち2校は赤城山との共演である。埼玉県内でも赤城山がきれいに望める地域では、たとえ群馬県の山であっても素直にふるさとを感じることができるのだ。こうした心性を原風景という。

 県立歴史博物館が企画展「上毛かるたの世界」を開催している(9日まで)。上毛かるた誕生の秘話や読み札に込められた思い、背景となる戦後社会情勢が原画や関連資料とともにわかりやすく学べる。勢ぞろいした全国の郷土かるたとの比較も楽しい。

 好きな札を投票できるコーナーがある。一番人気は「裾野は長し赤城山」だ。関連して、県内で赤城山を歌う校歌をもつ学校の分布状況を示した地図が展示されている。赤城山を歌う学校が赤城山南部地域に濃密で、吾妻地域にほとんどないのは納得できる。意外だったのは赤城山よりも富士山や男体山のほうがよく見える館林・邑楽地域にも多いことだ。実はこの地域は栃木県足利市域とともに渡良瀬川とその用水系に赤城神社を祀(まつ)ってきた。眺望ではなく生業と信仰を機に成立する原風景とその地域がある。

 原風景の成立にはまだ別の契機があると考えている。つまり、赤城山はふるさとや信仰とは別に、「群馬県」を象徴している可能性がある。それと関連するのが「つる舞うかたちの群馬県」と「力あわせる二百万」の2枚の札だ。どちらも「群馬県」への帰属意識を確認する札だ。県域を異にする埼玉県や栃木県の人びとが思う赤城山とは異質の、眺望や信仰によらない、県や県民集団への帰属意識が欲する想像の原風景だ。

 群馬県は確かに「つる舞うかたち」をしているが、それは行政上の便宜に過ぎない。「つる舞うかたち」をした地域がそこにあるわけではない。-「つる舞うかたち」の虚像を剝ぐ-。県境なき地域学こそ真の群馬を映し出す。



県立女子大群馬学センター准教授 簗瀬大輔 伊勢崎市太田町

 【略歴】専門は日本中世史。県立歴史博物館を経て2018年から現職。群馬大非常勤講師。著書に「関東平野の中世」など。伊勢崎東高―国学院大。博士(歴史学)。

2018/12/04掲載

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