時代にあらがう 「前橋は希望の街だ」
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 「仕方ないよね、こんな時代だから」

 東京都内の、とある小規模書店の店主は事もなげにそう言った。取材で訪れていた僕は、やりようのない虚無感を覚えたことを、3年たった今も明確に記憶している。

 前橋・弁天通り商店街のブックバー「月に開く」は名前通り、本をコンセプトにした店である。オープンは2018年5月。僕はその店主だ。

 子どものころから読書好きだった。ジャーナリストを本業に選んだのも、本に囲まれて過ごした原体験が影響していることは間違いない。

 そんな僕に数年前、ある仕事のオファーが来た。出版業界紙で、町の書店の取り組みを紹介する企画だった。ネット書店の台頭や活字離れが進み、中小の書店の多くは危機に直面している。だが逆風の中でも、さまざまな努力や工夫をしている書店を取材するという内容だ。

 毎月のように書店を取材していった。独自の選書や空間づくり、ユニークなコンセプトやイベント企画など、各店の工夫に感銘し、書店文化を守ろうという思いに胸を打たれた。そんな中、冒頭の店主と出会った。

 何を質問しても後ろ向きな回答しか返ってこない。工夫や取り組みもおざなりにしかしていない様子。このままでは記事が成立しないと、必死に質問を続ける僕を諭すように、店主は「仕方ないよね」と言った。未練もなく、淡々と運命を受け入れようとしている、ある種の潔さがあった。

 取材後に編集者と焼き鳥屋に寄った。彼によるとこの書店は数年前まで、周辺地域で評判の人気店だった。しかし時代の流れにはあらがえなかったのだろうとこぼした。

 月に開くを出店するしばらく前、毎月のように東京から前橋へ通った。僕の好きな萩原朔太郎の故郷を、元気にする手伝いをしたかった。街のことを知り、住民のリアルな声を聞くべく毎晩飲み歩いた。しかし酒場の店主や酔客の多くは、あの書店の店主と同じ表情で、同じ言葉を口にした。「昔はよかったけどね」。僕は意地になり、何が何でもこの街を盛り上げてやろうと月に開くのオープンを決めた。時代の流れが何だと言うのだ。前橋にも本にも可能性があると証明したかった。

 そんな中、同世代の前橋市議・岡正己氏に出会った。「この街は希望だ」。彼は僕が出会った人たちと正反対のことを言った。強がりでなく、本気でそう宣言していることに衝撃を受けた。そして彼だけではなかった。前橋に希望を感じ、盛り上げようとしている人はたくさんいた。

 月に開くは集客や売り上げで苦戦している。だがそれは、僕の努力や工夫が足りないだけだと断言できる。「仕方ないよね、前橋だから」とは死んでも言わない、希望のこの街で。



ジャーナリスト・ブックカフェバー「月に開く」店主 肥沼和之 東京都新宿区

 【略歴】新宿ゴールデン街でブックバー「月に吠える」を経営。萩原朔太郎に魅了され2018年春、前橋・弁天通りにブックカフェバー「月に開く」を開く。東京都出身。

2018/12/06掲載

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