名曲「永遠(とわ)に」制作秘話 ピアニスト・妹尾武インタビュー「あれは何かのメッセージ」
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 加藤登紀子、谷村新司、松任谷由実ら一流アーティストのライブやレコーディングに参加。「ミストシャワーが降り注ぐような音色」と称されるピアノで、ピアニストとして高い評価を得ている妹尾武。ゴスペラーズの大ヒット曲「永遠(とわ)に」の作曲者としても知られる彼に、ニューアルバム『LAST LOVE』リリースのタイミングでインタビューを敢行。自身の音楽のルーツから「永遠(とわ)に」の制作秘話、さらにニューアルバムについてたっぷりと語ってくれた。

【ジャケット写真】妹尾武 ニューアルバムアルバム『LAST LOVE』

■プロデビュー直前の阪神淡路大震災で親友を失う

 幼少期から「演歌からジャズまで、いつも音楽がかかってるような家」で育ったという妹尾武。家にあったオルガンで、耳コピしたアニメや映画音楽を弾いたり、小学校低学年の頃から見よう見まねで作曲をするなど、遊び道具として存在する音楽に自然と親しんでいった。好きな音楽を仕事にしたいと、進学した音楽大学ではピアノ科に入学。だが、当時の音大では“浮いた存在”だったという。

 「当時のピアノ科はクラシックに特化した人が多くて、僕のようにポップスとかいろんなジャンルをやりたい人って少なかったんですよ。だからすごく浮いてました(笑)。学校ではクラシックで基礎を学びながら、レコード屋を巡っていろんな音楽を聴いたり、ダンスミュージックが好きだったのでディスコに通ったり。その経験があったので、音楽的な知見はめちゃくちゃ広がりました」(妹尾)

 さまざまな音楽を吸収し、大学を卒業。劇団の生バンドなどさまざまな音楽の仕事をやりながら、作曲、オーディション受験などを繰り返した。そして95年、大学時代に作曲した楽曲がオーディションを通過し、細野晴臣選曲・監修のコンピ盤「ecole」に収録される。

「当時はいろんなオーディションがあって、受けるんですけどダメで、自信が打ち砕かれていくんです。“歌もの”も当時から書いていたんですけど、肝心の曲が評価されず、詞がいいねなんてことを言われたり(笑)。その中で優秀作品に選んでいただいたのが、細野さんのコンピ盤でした」(妹尾)

プロとしての船出をいよいよ迎える時、妹尾を悲劇が襲った。

「このコンピ盤が1995年1月21日発売だったんですけど、この4日前、阪神淡路大震災が起きました。正直、それ(CDリリース)どころじゃなかったです。家族は大丈夫だったんですけど、一番仲良かった奴が亡くなった。10日前にみんなで飲んでたばかりなのに…。プロとしてのスタートで、それまでは浮かれていたんですけど、震災後は全然そんな気分になれなくて。でも徐々に、おこがましいんですけど『そいつの分まで、自分がしっかり頑張らないと』って思うようになり、いろんな音楽の仕事をするようになって、出会ったのがゴスペラーズだったんです」(妹尾)

■ゴスペラーズとの出会いと名曲「永遠(とわ)に」誕生秘話

 作曲家・妹尾武の名前を全国区したのは、ゴスペラーズが2000年8月にリリースした「永遠(とわ)に」。リリース当初は、爆発的な売上ではなかったものの、楽曲の良さ、ゴスペラーズのハーモニーの美しさが徐々に広まり、ポップスとしては異例のロングヒットを記録した。

「彼らは当時、譜面を書ける人を募集していて、行って話してみたら、ベースボーカルの北山くんと意気投合したんです。当時、ゴスペラーズは何枚かCDを出していたんですけど、まだ知名度がなくて。そんなとき彼らが、山中湖で曲作り合宿をすると言って。そこに、僕が『永遠(とわ)に』を歌ってもらえたらと思って出したんですね。
『永遠(とわ)に』という曲は、もともとサビができていたんです。95年、震災があって打ちひしがれていた頃に、趣味のラグビー観戦を秩父宮競技場でしていたんです。僕の地元・神戸製鋼で応援していた選手の引退試合が終わったあと、ふっと吹き抜けていく風を心地よく感じていたら、突然『あなたの風になって~』というサビのフレーズとメロディーが浮かんできたんです。フレーズが思い浮かんだ瞬間のことは、今でもすごく鮮明に覚えています。震災で親しい人の死を経験したばかりだったので、あれは何かのメッセージだったのかなと思いました。
ところがそのフレーズ以外がなかなかできなくて、1曲として完成できず、ずっと温めていて、何年かしてようやくできたんです。男たちが戦うラグビー場で思い浮かんだフレーズをベースに完成した曲を、男だけのゴスペラーズが力強く、かつ優しくハーモニーを紡いだら、すごくいいものになると思ったんですね。後にR&Bシーンの大物プロデューサーになる海外のプロデューサーにアレンジしてもらい、いい感じで完成しました。街でかかっているのを聴いて、ようやく名刺代わりの作品ができたと思いました」(妹尾)

■ニューアルバムはいろいろな想像を膨らませて聴いてほしい

 以降、ピアニスト・作曲家としてリリース、ライブはもちろん、楽曲提供など多方面で活躍。今年6月5日には、6年ぶりとなるオリジナルアルバム『LAST LOVE』をリリースする。

「『LAST』には、いろんな意味があって、震災など“まさかの出来事”を経験したときに、『いつでも最後のつもりで弾いていたいし、生きていたい』と思ったんです。だから、『LAST=真剣、悔いのないように臨む』というつもりで付けました。僕自身、40代最後でもありますし、平成最後のレコーディングとかそういう意味も込めました。決して、これが最後のアルバム、というわけではありません(笑)。『LOVE』は、恋人だけでなく、家族への愛、物への愛など、これも幅広い意味。アルバムを聴いた人がどう捉えるかだと思っています。40代最後の妹尾武から愛を感じてほしいという意味も込めています(笑)。
 もともと、FMヨコハマの番組のために作った1曲目と13曲目(アレンジバージョン)の『MIDNIGHT HARBOUR』という曲の世界観の中でアルバムが作れればと思って制作しました。収録曲の中でも印象的になったのは、12曲目のタイトル曲。映画『劇場版 神戸在住』のために書いた曲なんですけど、レコーディングの時はいろんな思いがあふれて、緊張しましたし、終わった後は感極まりました。これまで僕に携わってくれた人たちにたくさんのありがとうを込めた曲だったので(笑)。ライブで弾くのが今から楽しみな曲でもあります。
インストゥルメンタルのアルバムの強みは、歌詞がない分、聴く人に好きなように想像してもらえることなので、いろいろな想像を膨らませて聴いてほしいですね」(妹尾)

 40代最後のアルバムをリリースし、これからますます活躍が期待される妹尾。インタビューの最後に、演奏者として、作曲者として、一番大切にしていることを聞いた。

「聴いてくれる人に寄り添う『曲を作る』『演奏をする』ことかな。日常のBGMとしてその人に僕の音楽が寄り添えることが、作曲者としては一番うれしい。掃除とか、洗濯とか、それによって、その人の作業がはかどったら最高ですね(笑)。演奏も同様です。『これだけ弾けるんだ』という技術を見せる演奏って全然伝わってこないんですね。僕はそうはなりたくない。1人ひとりに気持ちが伝わるような演奏を大切にしたい。どちらも誰かを喜ばせたいという気持ちが一番にあるからなんだと思います。
 僕はSNSで『音でつながるご縁に感謝』という言葉をよく書きます。音楽活動を一人で続けていくことは難しい。聴いてくれる方、スタッフ、みんながいて一緒に年を重ねて初めて長く活動できるんです。だからこれからも『リスナーに寄り添う音楽を届ける』こと大切にしていきたいですね」(妹尾)

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