佐藤琢磨を生んだ“奇跡の1枠” 直談判面接&父のキャラでスクール入校
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 レーシングドライバーの佐藤琢磨選手が17日、都内で行われたFWD富士生命の新CM発表会に参加。母の昭子さん、恩師の樽井良司さん、大澤進さんと新CMで共演した佐藤選手は照れくさそうな表情を見せた。

【写真】新CMで佐藤琢磨選手の”家族ショット”公開 幼い頃の可愛い姿も

 昭子さんの手を取って仲良く登場した琢磨は「おふくろと、こういう形で皆さんの前に出るのは初めて。恥ずかしい気持ちもありますし、多少、緊張もしています」と正直に明かした。昭子さんが緊張でマイクを使わずに話し始めるとマイクフォローする優しさも見せていた。

 新CM「はじめては、一生つづく。佐藤琢磨篇」は5本で構成され、昭子さんと琢磨が、2011年に62歳で亡くなった父・和利さん、高校時代の担任で自転車部の顧問だった大澤さん、鈴鹿レーシングスクールの採用責任者だった樽井さんなどについて語る内容となっている。

 「車輪のついているものに目がなかった」という琢磨はレーシングドライバーという職業に憧れを持つも、その道筋を自分で立てられなかったという。和光高校3年生のときに自ら自転車部を作り、高校総体で優勝という偉業を成し遂げているが、顧問を努めた大澤さんは「やりたいのを止めさせる理由はない。実績もあった。大して何もしていないです」と謙遜。琢磨は「そんなことないですよ! 予算も使うし、部活は簡単にはできない。サークルで実績を作ってからだけど、それじゃ(高校総体に)間に合わないということで学年主任の先生と話してくださいました。ホントに心強かったです」と感謝しきりだった。

 自転車競技で芽が出るも、モータースポーツへの情熱は冷めず、19歳で見かけたのが鈴鹿レーシングスクールの特集だった。「(年齢制限ギリギリで)それを見た瞬間に『自分のためにあるスクールだ』と勝手に運命を感じた」と琢磨は振り返る。入校説明会があったが、周囲はカートなどで好成績を納めた実力者が揃っていたそう。年齢のこともあり「これを逃したら、おそらくF1やインディに行くのは無理だろうなと思った」と覚悟を持ち、自ら手を挙げ「面接だけでもさせてください」と直訴したという。

 鈴鹿の8耐などで琢磨と面識があった樽井さんは「小柄だけど明るくていい好青年だった」という印象だったそう。当時は「モータースポーツが盛んにはなっていました。舞台は持っているけど役者がいない。世界に通用する人材を、とスクールをやることになった」とスクール立ち上げについて振り返る。1期生、2期制は7人採用し、実績を挙げたことで琢磨が門を叩いた3期生は1枠増員する計画があったという。

 樽井さんは「全日本のカートで戦った夢のある16歳と17歳の7名まで決めていた。最後の1名を、琢磨くんと、ほかのドライバー。本人も言っていましたがモータースポーツの経験もない。もう1人は経験があり、ご両親も一生懸命」と琢磨が最後の1枠を争っていたことを明かした。続けて「『これじゃダメだ』と思ったんでしょうね、彼が手を挙げた。そこでお父様と2人で面接。自転車の話を聞いて、すごいなと思いました。お父さんもかなりインパクトのある説明をしていただいた(笑)。下手すると本人よりもインパクトがあった(笑)。随分、家族の人に支えられているんだな、という印象でした。最後の1つを、全く疑いもなく確信して琢磨くんに決めました」と懐かしんでいた。

 母親や恩師2人とトークを終えた琢磨は「ホントに感謝しかない。当時の情景が一瞬にして戻りますね」と熱い思いを口にしていた。

 新CMは、きょう17日から放送。

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