“100日間ビスコを買い続けた結果”綴ったブログ話題、発売から90年愛される理由とは
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 先月、「100日間おなじ商品を買い続けることでコンビニ店員からあだ名をつけられるか。」という検証記事でも話題となったビスコ。戦前の昭和8年(1933年)に「酵母ビスケット」の略称として発売された、江崎グリコの超ロングセラー商品である。それから90年近く経った現在も、前述の通りSNS等で話題に上がり、売上も過去最高を伸ばし続けているというのだ。その裏側には、開発チームの弛まぬ努力による“変わり続ける”ビスコの姿があった。

【画像】現在の“ビスコ坊や”は5代目!歴代ビスコパッケージフォトギャラリー

■発売当初は「地域限定品」“台風”で知名度を上げるも、迎えたビスコ存続危機

 コンビニに100日間通い、同じ商品を買い続けることで店員にあだ名をつけられるか、という検証結果をnoteに綴ったyosanoさん。先月、読者が「平穏な生活という名の池に、ごく小さな石を落としてできた波紋が伝播する感じがあってとてもよかった。映画にすらできそうな感じした」とツイートすると、16万いいねの反響があり、「めっちゃほっこり」「笑いが止まらなくなった」「泣けた」「日常が愛おしくなった」など多数のコメントが寄せられた。

 大抵は必要最低限の会話をして終わるコンビニ店員と客という関係の間で、徐々に近づく距離感や些細な会話から人の温かみが感じられ、人情物語のような面白みがあるのだが、ここで数ある商品の中から「手軽でおいしい」という理由で選ばれたビスコに注目したい。記事の内容が反響を呼んだことはもちろんだが、発売から90年経った今もこうして話題に上がり、広い世代に支持されている。その人気の理由を同社担当者の吉田善一さんに聞いた。

 いまやコンビニやスーパーで当たり前のように売られているビスコだが、昭和8年の発売当初から人気商品だったわけではない。当時は高級菓子でもあったビスケットを売り出すのは江崎グリコにとって新たな挑戦だったこともあり、初めは京阪神地区の地域限定販売。そこから、新聞展開や試食宣伝販売、また医師会に見本を送付するなどして地道に知名度を高めていき、ついにはあまねく知られるようになった。

 大きなきっかけとなったのは発売の翌年、昭和9年に高知県室戸岬に上陸した台風だった。京阪神地方を中心として甚大な被害をもたらし、同社はそのお見舞いという形で、被災地に何台ものトラックで訪問。ビスコを破格で販売するなどして、多くの人に栄養と笑顔を与えた。

 それを機に、ビスコは広く知名度を伸ばすこととなったが、その後ずっと順調だったというわけではない。1979年には、各メーカーのビスケット競合商品によって苦戦。社内では「ビスコを存続させるかどうか」検討されるほどの危機だったという。

 これを乗り越えたのは、思い切った決断だった。「当時のビスケットは堅いビスケットが主流で、ビスコもそうでした。しかし、存続危機を迎え、再度口溶けやクリームとの相性を見つめ直し、軽いサクッとした歯ざわりのものに変更したんです。すると、売上が復調。そより食べやすくなり、お子様にも受け入れられたのかもしれません」(同)

 ビスコの試行錯誤はそれからも続く。すっかり子どものお菓子の定番となり、売上が安定するようになった2005年にも、大幅なリニューアルをしている。大人やご年配にもおいしく食べてもらえるようにと、クリームを増量、ビスケット生地を薄くしたのだ。同社のねらいは見事的中。購入者層の幅が一気に広がり、ビスコは大人にも愛される商品へと成長を遂げた。吉田さんは、当時のヒットについて「最近の声でわかったのですが、お母様方も、ご自身で食べられておいしいと感じたものをお子様に食べさせたいと思われるようなんです」と分析する。大人の支持が広がった結果、子どもからのさらなる需要を獲得した効果もあったのだろう。

■現“ビスコ坊や”は5代目、おなじみの“赤”も「時代に合わせて微妙に変え続けている」

 ビスコと言えば、パッケージに描かれている子どものイラスト、いわゆる“ビスコ坊や”を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。実は“ビスコ坊や”もリニューアルを続けており、現デザインは5代目。「海外のお菓子のパッケージからヒントを得て、パッケージに人の顔を用いた事が始まりです。お子様に食べてもらいたい、という思いからビスコを食べながら笑顔を浮かべる“ビスコ坊や”が誕生しました。モデルは特にいなくて、その時々の“元気な子ども”をイメージしてデザインを変えています」と吉田さんは解説する。

 パッケージの色も時代に合わせた“子どもの元気”をイメージしており、最初は柿色から始まったが、微妙に色を変え続け、いま使用している色は“サンシャインレッド”だそうだ。5年前からは“大人のビスコ”路線を強化し、味のバリエーションも増加。パッケージはおなじみの赤ではなく、緑や黄色、真逆の青を打ち出すという大胆さにも消費者の抵抗はなかったようだ。2015年に「発酵バター仕立て」、2018年「焼きショコラ」、翌年には「小麦胚芽入り」にアーモンドクリームを使用したリニューアル商品、「香ばしアーモンド(小麦胚芽入り)」を発売し、次々とヒット。怒涛の勢いで、発売から84年にして2017年度にビスコ過去最高売上を記録し、最新データの2018年度にもその記録をさらに上回った。

「赤いパッケージのものはお子様中心でしたが、2015年の『発酵バター』発売により、これまで購買されていなかった30~40代の女性にもご購入いただけるようになりました。子どもの頃に食べていたけど、大人になって卒業した方たちにもう一度食べていただけるようになったようです」(同)

 世代を超えて愛されるビスコは、“元気な子ども”というブランドイメージは守りながらも、時代の流れに合わせて変化を恐れず挑戦し続けていること。味やパッケージがさらなる高みを求めて変化し続けても、“子どもたちに安心して食べてもらいたい”という想いはこの90年、変わらず受け継がれている。

「社名『グリコ』は、創業当初から看板商品のキャラメルにも入っている、重要な栄養素“グリコーゲン”に由来しています。薬ではありませんが、お菓子で楽しく、元気と健康を守りたいという想いを大切にしているんです。ビスコもその中で生まれてきた商品。乳酸菌が1億個入っているなど、企業理念を代表する商品のひとつです。今は大人の方にも食べていただいていますが、お子様に笑って元気になってほしい、成長をサポートしたいという当初から変わらぬ想いの下、これからも変わり続ける需要に合ったおいしさを追求していきたいです」(同)

 戦前、多くの子どもたちが十分な栄養を摂るにも一苦労だった時代に生まれたビスコ。皮肉にも災害を機に知名度を上げるも、その後、戦争により生産中断は余儀なくされた。それから6年で再開するも、他社競合に押され存続危機を迎える。幾度となく訪れるピンチも、“子どもたちに元気になってほしい”、その思い1つで乗り越えてきたのだ。
 おいしくてつよくなる――。シンプルなそのキャッチコピーには、脈々と受け継がれてきた強い愛情が込められていた。

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