『聖☆おにいさん』中村光、育休中は「ものすごく不安だった…」乗り越えた商業漫画家の原動力
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 高校1年生でデビューし、漫画家活動20年を迎えた中村光さん。現在は、連載14年目に突入した『聖☆おにいさん』(『月刊モーニング・ツー』)と、クリスマスがテーマのブラックコメディ作『ブラックナイトパレード』(『ウルトラジャンプ』連載中)の連載2本を抱える人気作家だ。どちらもまったく異なる作風ながら、現代社会が抱える憂いをコミカルに描き、支持を集めている。時代を経ても第一線で活躍を続ける漫画家としての原動力について、話を聞いた。

【漫画】「仕事があるだけいいっスよ、ブラックでも!」クリスマスをバイトで過ごす主人公のぼやき…

■『聖☆おにいさん』のギャグに加え、“能力バトル”にも挑戦した新作

──これまでの作風とは一変して、10年ぶりの新作『ブラックナイトパレード』はダイナミックな能力バトルもみどころです。

【中村光さん】そうですね。普段はわりとコマゴマした絵を描くタイプですし、漫画で見開き絵を描くのも本作が初めてです。もともとバトルを描く予定はなかったんですよ。ところが物語を進めていくなかで、キャラクターたちが、自分が思っていたのとは違う行動をするようになりまして、これはもう相手を倒さないことには先に進まないなと、慌ててバトルの描き方を勉強したりしました(笑)。

──それってよく言う「キャラが一人歩きする」という現象ですか?

【中村さん】もちろん物語の大筋やゴールは決めた上で連載を始めるわけですが、ゴールに向かう道筋で起こったイベントで主人公が、思わぬ成長をしたりする。そこがストーリー物の少年・青年誌的な漫画を描いていて面白いところですね。『聖☆おにいさん』みたいな漫画だと、キャラクターの成長はあり得ないですから。描いていてとても新鮮です。

──ブッダやイエスが成長したら変ですね(笑)、ある意味、大いなるマンネリの面白さです。

【中村さん】私は作品ごとに違う漫画家が描いているのかな? と思われるくらい作風を変えたい願望があるんです。『聖☆おにいさん』も、私の中で「この2人が成長しないことに耐えられない!」と感じたときには連載を終了すると思います。

──ギャグの要素で人気を保ち続けることはすごいことです。

【中村さん】『聖☆おにいさん』は日常系の物語で、“ゴリゴリのギャグ”ではないんですよね。ギャグ漫画家さんって、毎回コントのようにいろんなギミックで笑わせてくれますが、それってかなり大変そう…。私の場合、キャラの性格は決め込まず、前のストーリーを受けた印象からキャラ性をつけ足していくという作業です。そうすると、自分のなかでのキャラが新鮮さを保っていられるんですよね。

■育児で自由が利かない状態、「周囲に協力を求める」勇気も

──2011年には産休・育休を取られました。長い活動の合間に、いったん立ち止まった心境は?

【中村さん】ものすごく怖かったし、前のようには描けないだろうなって気持ちになりました。未来が見えない状態といいますか…。今まで自分のことだけにフォーカスして書いてきましたが、育児で自由が利かなくなった状態で書けるのか、という恐怖です。

──その恐怖を、どうやって乗り越えたんですか?

【中村さん】どうしても時間が取れなくて、描けない時間が続いたときに、一方で「すごく描きたい」っていう願望がどんどん膨らんでいったんです。あとは、それを実現させるために人に頼ったり、スケジュールを変えてもらったり。描きたいんだからやるしかないという…。不安でしたけどね。

──さすが、それも商業作家として成功されてきた秘訣ですね。これまでにスランプに陥ったことは?

【中村さん】ものすごくありますよ、毎回「描けない」って思うタイプです(笑)。でも、スランプって精神的な余裕のなさから来るものだって気づいたんです。自己評価が低くなると、過去の作品がよく見えて何を描いても納得いかなくなる。でも、身体と精神が元気だと何を描いても楽しめるんですよ。

■コンビニを舞台に社会風刺? 「普通の人が成長する物語にしたかった」

──『ブラックナイトパレード』は、コンビニバイトの主人公・三春くんが、ブラック企業のサンタ工場にスカウトされるというユニークな物語です。

【中村さん】なかなか内定をもらえなかった主人公が、やっと就職先が決まって成長していく内容です。若い子たちは、その時代ごとに就職難を抱えて、さらに就職しても競争社会でたくさんのストレスにさらされていますよね。Twitterでリアルな声を拾いながら構想しました。

──三春くんは就活に失敗して、コンビニバイトをしていることに自虐的になったりしています。一方、物語では「コンビニ」が重要な拠点にもなりますね。

【中村さん】私の田舎には、家から離れたところに1軒のコンビニしかなかったので、存在そのものがちょっと神格化してるところがあるんです(笑)。なんでも売っててワクワクするところみたいな。ただ東京に暮らしてみて思ったのは、現代の人にとってコンビニってRPGゲームで言うところの「セープポイント」みたいな場所なんじゃないかなと。

──コンビニ=セーブポイント、わかる気がします!

【中村さん】仕事で疲れたときにふらっと立ち寄って、お店を出るときには回復しているようなイメージです。あと、コンビニ店員さんってものすごくマルチタスクですよね。レジ打ちはもちろんですけど、商品出しから、ホットスナックの調理から、公共料金の支払いまでなんでもこなします。今や、コンビニがなければ生活が回らない、という方もいるはずです。

──何の特技もなさそうな三春くんですが、回を追うごとに異能を発揮していきます。彼には何を託していますか?

【中村さん】その発想も、「みんな気づいてないけど、実はコンビニ店員さんってものすごい能力の持ち主なんじゃないかな」というところからでした。
「普通の人」って、学校へ行って受験して…ものすごく全部を成功させているような人だと思うんです。社会で「普通にできて当たり前」と思って頑張る人ってたくさんいると思うんですけど、普通でいることって当たり前にはできないし、本当はすごいことだってことを伝えたいと思ったんです。

──一方で、三春くんみたいな「普通の人」を困らせるキャラも登場します。たとえばキラキラネームの皇帝(カイザー)くんはDQNなチャラ男。稲穂ちゃんは、したたかであざとい美女です。現実にもいそうでリアリティがありますね。

【中村さん】今まで描いてきた漫画には、「敵」とか「嫌なやつ」、「裏表のある人間」が登場することがなくて、それに挑戦してみたいという想いがありました。カイザーや稲穂は、そういう意味でとても描いていて楽しいキャラクターです。

■トラウマを抱えたクリスマス、さみしく過ごす人がいたら「漫画で笑い飛ばして」

──そもそもクリスマスを題材にしたきっかけは?

【中村さん】もともとクリスマスが大好きだったんです。両親がわりと本格的にクリスマスを演出するタイプで、小さい頃の楽しい思い出がたくさん詰まった日でした。

──だけどキライになってしまった?

【中村さん】はい。大人になって東京で一人暮らしをするようになってからですね。「中止になってくれないかな」と思ったりもしました(笑)。私はわりとファミレスや喫茶店などで漫画を描くことが多いんですが、この時期にお店の隅っこの席で、1人で漫画を描いていて、変なカップルに絡まれたりしたこともあったんですよ…。オタクいじりじゃないですけど。

──多くの人が“クリスマスは恋人と過ごす”という妙なプレッシャーを感じていそうです。

【中村さん】今となっては「くだらない価値観に縛られてたんだな」と思えるようになりましたけど、やっぱり若い読者さんにとっては良くも悪くも特別な日だと思うんですよね。なので、『ブラックナイトパレード』は、ギャグも所々に入れて、笑い飛ばせるような漫画になったらいいなと思ったんです。読者のみなさんも、漫画でも辛い思いをしたくないですからね(笑)。

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