裕次郎、渡との絆で50年『松竹梅』CMから見えるタレントと企業の理想的な関係とは?
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 企業にとってテレビCMは、商品のイメージや売上アップを期待する大きなもの。それだけに出演者に不祥事があれば降板や賠償はもちろん、“旬”が過ぎれば更新されないなど、その契約はドライかつビジネスライクだ。時代に即していると言えばそれまでだが、かつてビジネスを超えた「男の絆」から成功を収めたCMシリーズがあった。1970年から昨年まで放送されてきた宝酒造『松竹梅』のCMと石原プロモーションの50年にわたる“相思相愛”は、単にタレントと企業という関係では収まらない重みがある。

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■死の間際まで『松竹梅』を気にした男気

 2018年、日本酒国内市場のトップブランドとなった清酒『松竹梅』。しかし今年の正月は「よろこびーのさーけー、松竹梅」というおなじみのCMソングが、テレビから流れることはなかった。

 『松竹梅』CMには1970年から1987年まで137作にわたって石原裕次郎さんが、それを引き継いで昨年までの110作で渡哲也さんが起用されてきた。2人の名優の共演が映像合成で実現したCM「よろこびをお伝えして50年 ~幻の共演~」篇が昨年7月29日~11月末に放映され、大きな話題を呼んだことは記憶に新しい。しかし以降、新作CMは制作されていない。最新CM放映直後の8月10日に渡さんが逝去したためだ。

 宝酒造で『松竹梅』のCMを20年間担当してきた、商品第三部 部長 清水隆広氏は、「今後の松竹梅CMについてはまったくの白紙。隠し立てするわけではなく、今はまだ考えられないというのが正直なところです」と喪失感を明かしている。

「弊社は石原プロモーションさんと50年にわたってお付き合いさせていただいてきましたが、石原プロの要望もあり、今回の50周年を機に渡さん出演のCMも最後にするというのは、制作の前から決まっておりました」

 渡さんの最期の仕事となった同CMのナレーションは、松竹梅ファン、宝酒造、そして日本中の視聴者に50年の感謝を語るというもの。見事な幕引きだった。

■苦難を支え合い、乗り越えてきた石原プロと宝酒造

 宝酒造と石原プロモーションの関係には、企業とタレントとのCM契約といったビジネスを超えた絆を感じさせるものがある。その背景には同じ時期に味わった苦難を支え合い、乗り越えてきた歴史があった。
 宝酒造が『松竹梅』を手掛けたのは1933年。しかし1970年に石原裕次郎をCMに起用する以前は清酒市場シェア10位と、いわばマイナーなブランドに甘んじていた。

「1960年代はビール事業から撤退するなど、宝酒造はかつてない苦境に陥っていました。そこで企業の再生をかけて挑んだのが、基幹事業の1つである松竹梅ブランドの再確立。『松竹梅を清酒の王道に育てよう』という夢を掲げ、国民的スターだった石原裕次郎さんにCM出演をお願いしたのがご縁の始まりでした」

 同じ頃、映画制作会社でもあった石原プロも映画産業の斜陽化の煽りを受けて多額の負債を背負い、会社の存続が危ぶまれていた。それまで映画俳優としてのこだわりからテレビに消極的で、CMにもほとんど出演しなかった裕次郎さんが、『松竹梅』のCMを受諾した背景には時代に伴うメディア変遷のうねりもあったことが推察される。

 義理堅い人柄で知られる渡さんは「幻の共演」篇のCMに際して、「宝酒造さんには窮地に陥った時からコマーシャルの制作などでお力添えをいただいた」と謝辞を寄せている。

 その後、石原プロは活動の軸足をテレビドラマに移し、宝酒造も惜しみないスポンサー提供を行った。『太陽にほえろ!』(72年-86年・日本テレビ系)や『西部警察』(79年-84年・テレビ朝日系)といった名作ドラマも、『松竹梅』のCMなくしては生まれなかったと言っても過言ではないだろう。一方で大スターの起用によって『松竹梅』のブランドイメージも飛躍的に向上。裕次郎さんから渡さんに交代した1987年にはシェア6位に、2018年にはついにNo.1ブランドへと上り詰めている。

「お会いするたびに渡さんが『松竹梅は売れていますか』とお声がけくださったことを思い出します。結果的には渡さんのほうが長くCMに出演されていたのですが、裕次郎さんが築いた『松竹梅』のイメージを自分の代で損なってはいけないという責任を最後までお感じになられていたようでした」

■石原軍団“炊き出し”の背景にタンクローリーの支援

 石原プロといえば炊き出しをはじめとする被災地支援もよく知られているが、その現場にも宝酒造は深く関わっている。

「炊き出しには調理から食器洗いまで、大量の水を使います。しかし現地の水は貴重ですから、こちらから持っていく必要があります。弊社はアルコールを運搬する10トンタンクローリーという特殊車両も保有しているため、自然災害のたびに飲料水の支援を行ってきたのですが、これが石原プロさんの炊き出しにも大いにお役立ていただけました」

 給水支援だけでない。石原プロが炊き出しを行うたびに宝酒造の社員も応援に駆け付けた。

「特に2011年の東日本大震災は忘れられないですね。ちょうどその年末に放映するCMを制作する時期に炊き出しを行ったのですが、現地で『来年は良い年にしたいですね』と語り合った言葉がそのままCMのメッセージにもなりました」

 なお宝酒造では2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に際して、厚生労働省を通じて医療機関や高齢者施設などへ手指消毒用エタノールの供給を行っている。よろこび、すなわちエンタテインメントにまつわる自分たちの"本業"が成り立つのは、視聴者や消費者の生活の安寧があってこそ。両社の長年にわたる「絆」は、そうした企業スピリットの共鳴によって固く結ばれたものだったと言えるだろう。

 周知の通り、2021年1月17日に石原プロの看板は降ろされた。石原裕次郎さんを敬慕して渡さんが参入し、渡さんの男気に惚れた俳優たちが集うといった古き良き芸能事務所はもはや生まれないかもしれない。清水氏が前述するように、『松竹梅』のCMもいまだ白紙のままである。しかしこちらはいつか再開する日も来るだろう。

「タレントにCMを託すとはどういうことなのか。答えはないと思いますが、石原プロさんとは共に夢を追いかけてきた関係だったように思います。また『松竹梅』がトップブランドになるまでに50年かかったように、夢は一夜にして叶うことはありません。時代は変わりましたが、今後お付き合いするタレントさんや芸能事務所さんとも共に長い時間をかけて夢を追うことができれば理想的ですね」

取材・文/児玉澄子

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