徳尾浩司×小川紗良対談、「ゼロからつくるのが好き」な者同士が集まって…新宿シアタートップス復活
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 劇団☆新感線、大人計画、東京サンシャインボーイズなどを育て、演劇ファンに親しまれてきた東京・新宿地域を代表する小劇場「シアタートップス」が8月、12年ぶりに復活する。復活のこけら落とし公演として白羽の矢が立ったのは、昨年6月、コロナ禍で2ヶ月弱休館した本多劇場で、本多劇場グループで有観客公演再会の第1弾として上演された徳尾浩司脚本・演出の舞台『演劇の街をつくった男』。新生・新宿シアタートップスのオープニングシリーズのトップバッターを任された徳尾氏と、今回、主演に抜てきされた女優・小川紗良に、こけら落とし公演への意気込みを聞いた。

【画像】“演劇の街をつくった男”本多一夫さん

 今年5月、東京・下北沢に本多劇場をはじめとして8館の劇場を有する本多劇場グループが、松竹芸能から東京・新宿の「新宿角座」の運営を引継ぎ、劇場の名称を「本多劇場グループ 新宿シアタートップス」に変更して、8月にリニューアルオープンすることを発表。同劇場は、「新宿角座」となる以前、1985年から2009年まで「THEATER/TOPS」だった。

 『演劇の街をつくった男』は、本多劇場グループの代表である本多一夫氏の足跡をたどった書籍「『演劇の街』をつくった男 本多一夫と下北沢」を原作に、なぜ劇場をつくり続けるのか、どうして街とともに劇場を育てていこうと考えているのか、現代の下北沢で演劇を始めた若者が、タイムスリップして「演劇の街の始まり」に出逢うというオリジナルストーリー。昨年6月の初演からバージョンアップし、新宿シアタートップス開業までを描く。

――徳尾さんといえば、ドラマ『おっさんずラブ』をきっかけに大ブレイク。ドラマ『私の家政夫ナギサさん』、『テレビ演劇 サクセス荘』、『恋はDeepに』、『イタイケに恋して』、映画『都会のトム&ソーヤ』(7月30日公開)、映画『CUBE』(10月22日公開)など、映像作品で名前を目にすることが激増しましたが…。

【徳尾】舞台もすごく好きです。「シアタートップス」には個人的な思い入れもあります。2008年に閉館する前に滑り込みで公演させてもらいました。演劇をしている者にとって、トップスは憧れの劇場。三谷幸喜さんをはじめ名だたる人たちが伝説を残した劇場で自分たちの芝居をやる、というのは当時の夢でもありました。今回、本多愼一郎さん(本多一夫氏の息子、本多劇場グループの総支配人)から「こけら落とし公演、やりませんか?」と声をかけいただいて、本当にありがたいお話。一生に一度のこのチャンスを逃したくない、と思いました。

――演目として『演劇の街をつくった男』はとてもふさわしいと思いました。

【徳尾】去年、最初の緊急事態宣言で日本全体が自粛を余儀なくされて、演劇に携わる人たちも先の見えない時間を過ごしました。感染拡大防止ガイドラインに従った上で、とにかく劇場を開けるんだ、演劇の灯を消してはならない、という本多劇場さんの意気込みで、再開後、お客様をお迎えしての1発目の公演として、「『演劇の街をつくった男』本多一夫と下北沢」(著:徳永京子/ぴあ)を舞台化したい、と依頼を受けました。すぐにでも稽古(けいこ)をはじめたい、というような急な依頼で(笑)。でも、本多一夫さんの人生には、こんな時だからこそ、気づきを与えてくれるものがたくさんあるな、と思って引き受けさせていただきました。

――今回、主演を務めるのが小川紗良さん。6月には映画監督として商業デビュー作となる『海辺の金魚』が公開されました。徳尾さんとは今回が初仕事なんですね。

【小川】実は、きょう初めてお目にかかりました。この取材の前にいろいろお話させていただいて、稽古に入るのが楽しみになりました。

【徳尾】僕、稽古が好きなんですよ。稽古をしながら作品を作っていく、その過程が好き。脚本を書いている時よりも、稽古場で役者さんたちと、こうしよう、ああしようと作っている時が楽しいんですよね。

【小川】大学生の頃から下北沢でよくお芝居を観に行ってたんですが、今回の脚本と原作を読ませていただいて、こういう経緯があって、こんな歴史があったんだ、と初めて知ることばかりですごく面白いと思いました。舞台作品は4年ぶり2作目なのですが、ずっとやりたいと思っていたことなので、チャンスをいただきありがたく思っています。

■ゼロから作るのが好き、という共通点

――そもそものお話で恐縮ですが、徳尾さんが演劇をはじめるきっかけというのは?

【徳尾】僕、第一志望の高校に入れなくて、ふて腐れていたんです(笑)。クラスメイトたちはいい人たちばっかりだったんだけど、教室の片隅でつまんなそうにしていたんでしょうね。担任の先生が「毎年、俺のクラスは文化祭で劇をやるから、台本を書いてみたらどうだ。いつまでも腐っていてもしょうがないだろう」って。劇の台本なんて書いたこともないし、「えーっ」て思ったんだけど、やることにしたんですね。台本を書いたら演出もすることになって、いままで話したこともなかったクラスメイトともいろいろ話すようになって、それがすごく楽しくて。クラス劇としても評価されて、大きなホールでもやったんです。それがきっかけで、脚本を書くっていいな、って思ったんですよね。大学で演劇のサークルに入るきっかけになりました。

――稽古が好き、というのはその原体験があったからなんですね。学校の先生にクラス劇の本を書いてみたら?と言われて、書けてしまうなんて、やはり才能があったんですね。

【徳尾】書けているか、書けていないか、で言ったら書けていなかったと思いますよ。ただ、「やる」か「やらない」かでいったら「やる」きっかけはあって、それがたまたまほめられたり、楽しかったりしたから、自分の進む道なのかなって勘違いするきっかけにはなったと思いますね。

――小川さんは演劇より映画だったのかな?

【小川】そうですね、私が通っていた高校はイベントの多い学校で、体育祭などのイベントのたびにドキュメンタリービデオを作っていて、そこで撮影や編集に触れたことで面白さに目覚めました。同時に、役者としてドラマやPVに出たりするようになったんですが、大学で映画について学びながらサークルで自主制作するようになって…という感じでしたね。

 でも、徳尾さんのお話を聞きながら、私も高校3年生の時にクラス劇でヒロインを演じたことを思い出しました。さらに、小さい頃は、おばあちゃん家に遊びに行くと、いとこを集めて劇をやったりしていました(笑)。子どもの頃から歌を作ったり、絵本を作ったりするのが好きで、それがたまたま高校生の時にビデオの撮影・編集と役者業を始めるというのが重なって、ちょっとずつ歩んでこれたのかな、って思いました。

【徳尾】僕も作るのが好きでしたね。あるもので遊ぶより、自分で考えて遊ぶのが好き。ボールとバットがあったら、それを使って野球以外の新しい遊びやルールを考えてやっていましたね。全然つまんなかったんですけど(笑)。やっぱりボールとバットは野球をするためにあるというか、多くの人が野球のルールを受け入れて、やっているだけのことはあるな、というのを思い知るだけだったんですが、なんか天の邪鬼で、みんなが好きだというものに嫉妬を覚えて、新しいものが作れないか、と思ってしまう。レゴも説明書どおりに組み立てていけば、箱の写真どおりのものが作れるんだけど、あえて自分が好きなように一から作った船をお風呂に浮かべて遊んでいましたね。ゼロから作るのが好き。

【小川】本多一夫さんもそうですよね。北海道出身の本多さんが、東京の下北沢にやって来て、ゼロから演劇の街を作ってしまった。

――類は友を呼ぶというか、似た者同士は、自然と集まるものなんですね。最後に、8月25日からの公演に向けて意気込みをお願いします。

【小川】私自身、舞台に立つ役者さんたちに憧れがありました。ドラマや映画の撮影現場で、劇団などで活躍している役者さんたちとご一緒すると、いつも違いを見せつけられる。外出自粛期間明けに観た作品では、舞台に立つ生身の役者さんたちからものすごいパワーを感じて感動しました。役者として大きく前進する一歩にしたいと思っています。

【徳尾】小劇場の演劇は、採算だけ見れば全然見合わない。役者も劇場も。ただお芝居というものを純粋にやりたい、やってほしい、その熱だけ成り立っているところがある。本多一夫さん自身も役者をしていて、稽古もしてあとは上演するだけなのに劇場がないという悔しい経験をされているからこそ、まだ実績のない若い人でも自由に表現できる場所を提供して、そこから育っていってほしいというイズムがある。新たに新宿シアタートップスを作ってくださるおかげで、僕らもまたいろんなチャレンジができる。劇場でしか味わえない感動を生み出していけたら良いな、と思います。

■舞台『演劇の街をつくった男』
会場:新宿シアタートップス
日程:2021年8月25日~8月29日、全7回公演を予定

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