KIDさん、がん闘病女性励ます 突然の電話、所属ジム訪問も
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 がん闘病中に撮影した山本KID徳郁さんとのツーショット写真を見つめる宮部治恵さん=19日、福岡県行橋市
 がん闘病中に撮影した山本KID徳郁さんとのツーショット写真を見つめる宮部治恵さん=19日、福岡県行橋市 山本KID徳郁さん

 総合格闘技のスター選手で、がん闘病中の今月、41歳の若さで逝った山本KID徳郁さん。十数年前、がんの苦しみの渦中で山本さんに出会い、励まされた女性がいる。「生きる希望をもらった」という女性は今、子どもたちに命の大切さを伝える活動を続けている。

 2002年、川崎市に住んでいた宮部治恵さん(50)は子宮頸がんになり、子宮と卵巣の摘出手術を受けた。05年春、今度は直腸がんに。摘出できるか分からないほど大きく、医師には「手術できなければ(余命)1年ぐらい」と言われた。

 抗がん剤治療で入院中の同年末、「私は死ぬんだ」とふさぎ込み、食事にも手がつかなかった。心配した看護師が一計を案じた。格闘技好きの宮部さんが大ファンだった山本さんに、内緒で手紙を書き、「彼女を励ましてほしい」と伝えた。

 「山本KIDです」。突然かかってきた電話に「最初はいたずらだと思った」と宮部さん。所属ジムを訪ねると「よく来たねー!」と笑顔で迎えてくれた。「本当に優しくて、かっこよくて。がんには触れずに、一ファンと向き合ってくれた」

 06年5月の手術前には1枚の写真が届いた。試合前の本人のガッツポーズ写真。山本さんはその試合で対戦相手を開始4秒でKOした。「お守りにして手術室に入りました」。手術は成功した。

 福岡市に転居した宮部さんは14年、NPO法人「キャンサーサポート」を設立。がんを体験した仲間らと一緒に、小中高校で命の大切さを伝える講演などを行っている。

 今年8月、山本さんが闘病を公表した後、宮部さんは会員制交流サイト(SNS)にメッセージを送った。返事はなく、約3週間後、訃報を知った。悲しくて、たくさん泣いた。「でも泣いてばかりいられない。自分は生かされているのだから」。啓発行事などで各地を飛び回る日々は続く。

 メッセージは本人に届いただろうか。伝えたかった思いが手元に残る。

 〈覚えていらっしゃいますか? 大好きなKIDさんに励ましてもらって、生きる希望を持つことができた1人です〉

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