わざと焼き 古さ偽装? 江戸幕府に保護求める古文書 高崎の戸榛名神社
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発見された一部が焼かれた巻物

 群馬県高崎市の戸榛名(とはるな)神社(同市神戸町)に関係する旧家から、同神社が民間に伝わる神話との関係を根拠に、江戸幕府に対し保護を求めた内容の17世紀(江戸時代前期)の文書が見つかったことが分かった。文書には、神社の評価を高めるため、文書自体をより古い時代のものに見せかけようと故意に焼いたとみられる跡もあった。当時の神社が、民間信仰の神を巧妙に利用したことを示す珍しい史料として研究者が注目している。

 文書は和紙11枚を継いだ巻物などで2017年1月、同神社で代々、宮司を務めていた旧家に秘蔵されていたのが見つかり、研究者が鑑定を進めていた。巻物は徳川綱吉が将軍職にあった1684(貞享元)年、神社が幕府に提出したとみられる文書の控え(縦27センチ、横66センチ)が添えられ、部分的に焼けていたが、14世紀当時の県内の伝説を集めた「神道集」に収録される地域神「群馬八郎」の物語とほぼ同じ内容が書かれていた。

 同神社は群馬八郎の父を祭るとされるが、戦国時代の合戦で焼け、衰退したと伝えられている。文書には「武田信玄公の時代に火災に遭い、縁起書だけが残りました」などと記載。江戸幕府が歴史ある神社に対して朱印状を発給して保護した制度を有利に利用するため、新たに作成した巻物の一部を焼くなどして戦国期以前のものと偽装し、神社の歴史的価値を幕府に強くアピールすることを狙ったとみられる。

 研究は、育英短大の佐藤喜久一郎講師(日本民俗学)が中心となり、中世以降の県民の信仰や精神性の変遷過程を知るため、文部科学省の科学研究費助成事業の補助を受けて進めている。近くに住む神社の氏子、黛啓一さん(72)は「由緒ある神社であることを示す史料」と受け止めている。

 群馬八郎は広く民衆の信仰を集めていた存在とされ、現在も県内の一部神社に祭られている。研究に協力する筑波大の山本隆志名誉教授(中世史)は「江戸期に中世の巻物に似せて作らせたとみられる。群馬八郎が政治的に必要とされていたことを示す文書であり、地域神の変遷過程を知る上でも貴重な発見」と説明している。

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