《プレゼンター》群馬から文化創ろう 役割増す地方美術館 アーツ前橋館長・住友文彦氏 
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 バブル経済崩壊後、空洞化した地方都市の中心市街地には、にぎわいの回復を目的に美術館など文化芸術施設ができた。地域を巻き込んだプロジェクトや地方から文化の発信に取り組むアーツ前橋もその一つだ。右肩上がりの成長が見込めない日本では、経済力でなく地域社会の文化的な魅力を高めることが活性化につながるとみる。

 世界は美術の価値を普遍的なものとして考えなくなってきている。例えば、ミケランジェロやピカソがすごいというのは西洋で作られた価値観。それを皆ありがたいと思ってきた。教科書にも載り、日本に作品が来れば行列になる。今は西洋以外の文化の価値がきちんと大切にされるようになっている。国内でも地域独自の文化を認めていく方向。誰かが価値を作ってくれるという考えを脱し、自ら人生や記憶に結び付けて「これは大事。価値がある」というものを見つける主体性が必要だ。

 *都市と地方のさまざまな美術館・芸術施設などで、約20年間美術展の企画をしてきた。地方美術館の持つ役割は重要さを増していると感じる。

◆時代は今◆芸術系や体育こそ重要

 都市の美術館は集客施設だ。観光客は多いが、相手にするコミュニティーがない。芸術文化と言えども消費されていく面がある。六本木など都心に多くの美術館ができたとき、昔からの店はどんどんなくなった。おいしくて質が高くても、家賃が上がれば消えてしまう。経済の論理の方が強い。そうした場所で美術館をやっていくことが良いことではないとの思いもある。

 一方、地方の美術館はアーツで言えば4分の3が地元の来場者だ。その人たちが繰り返し来てくれるよう、顔が見える運営をしていく必要がある。地域の美術館は、芸術に関心のある人たちが知識や経験を増やしていくための場所として運営していく教育普及的な役割が大きくなっていく。ローカルな芸術の価値をどう伝えるのかが重要だ。

 18日に公立文化施設が対象の地域創造大賞(総務大臣賞)をいただいた。名前の通り地域文化に貢献している施設を表彰する賞だが、これまではベテラン施設がもらっている。アーツ前橋は最初から地元作家の展覧会でスタートするなどローカリティー(地域性)を言っていたのが評価されたのだろう。

 *文化芸術の世界に関わるのは、父親の仕事で小学6年から中学まで過ごしたオーストラリアでの原体験がある。英語が話せず、学校に居場所がない。その中で美術や体育が人と関わり、互いを認め合うための手段だった。

◆経験は語る◆表現が言葉の壁越える

 子どもなりに大変な経験だった。でも、絵を描いてみたら「面白い絵だ」とか「うまいじゃん」と言われる。言葉ができるできないではなく、居場所ができることの価値を感じられたことが大きかった。ストレスを感じていても、美術館へ行くと自由な発想を持った表現に出合い、力をもらえる。もっと多くの人にこの体験をしてもらいたい。その思いで仕事をしている。

 日本でも学校で友達に気持ちを伝えられない人はたくさんいるだろう。そうした人にとって芸術系の表現や体育は重要。だが、競争しては駄目で、音楽や美術を経験する機会も減っているという。なぜ居場所をなくすようなことを教育がするのか。人工知能(AI)が仕事をする時代になったら、人間にできることはむしろ芸術系だ。時代に逆行しているのではないか。

 *アーティストにとって群馬と東京の距離感は絶妙だという。

 東京から遠すぎず近すぎず、特徴がないとされるところがアドバンテージ。消費地として経済の力が強すぎる東京より、アーティストが自分のペースで作品を作っていける。若い人たちがワークライフバランスを重視できることは、作品制作の上でとても大切だ。美術館のある上野にすぐに行けて、今何が東京で起きているかも分かる。バランスの良い場所だと思う。

 前橋の製糸業をはじめ、群馬がものづくりの土地だったことも特徴だ。自分たちでものを作るということは、消費者にならず、プライドを持って文化を創っていく可能性がある。桐生の世界的テキスタイル・プランナー、故・新井淳一さんのような特異な才能を生み、昨年亡くなった日本画家の塩原友子さんも独自の活動をした。東京で高い金を払って「展覧会にたくさん行っています」「作品を買っています」という人がいくらいても、それは文化を創ってはいない。消費しているだけだ。

 *アーツ前橋は2013年の開館時から、街なかのにぎわいを回復する役目を背負った施設だ。中心街が衰退した地方都市のにぎわい創出を目的にした美術館は20年ほど前から増えている。

◆こう戦おう◆短所を長所に捉え直す

 開館後5年間で、ジンズ社長の田中仁さんが街づくりに乗りだしたり、地元アーティストがアートスペースを作ったりした波及効果で、ようやくこの使命がリアリティーを持ってきた。他の施設と違う点があるとすれば、横のつながりを大事にし、自分たちだけでにぎわいをつくるのではなく、いろいろな人たちが関わることを意識して運営してきたことだ。

 日本経済がこれから右肩上がりになることはない。その現実に合った地域社会を考えたとき、文化の優先度はもっと上がる。私たちがロンドンやパリへ行くのは経済ではなく、文化が目的。海外から日本に、群馬に人が来るには文化的な魅力がないと長続きしない。地域間競争をあおる必要はないが、どの都市もそのことを考えている。

 群馬は自然と食が豊か。特徴のある食べ物がないと言うが、消費地に近くいろいろな品種を育てているということ。土地も安い。人間的な生活をしようと思ったら家賃と食費に高い金をかけなくて良いのは豊かなことだ。短所だと思っていることは実は長所。東京を目指す必要はない。ただ、全国の先陣を切って群馬や前橋がやるんだということがあってもいい。教育や芸術にドンと予算をつけてはどうか。成功体験が若い人を育てる。
 (聞き手・石垣光広、撮影・綱島徹)

 【すみとも・ふみひこ】 1971年、埼玉県幸手市生まれ。金沢21世紀美術館準備室、東京都現代美術館で展覧会企画などに携わる。2013年7月から現職。東京芸術大大学院准教授も務める。前橋市在住

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