分教場時代の石垣か? 藤岡市教委 高山社跡敷地で発見
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高山社跡で見つかった分教場時代のものと思われる石垣

 世界文化遺産の高山社跡(群馬県藤岡市)の敷地を囲む石垣の修復に向けた解体工事の過程で、全国から生徒を集めて養蚕法「清温育」を教えていた分教場時代(明治後期から大正期)のものと思われる石垣が新たに見つかった。高山社の往時の姿を示す物証の可能性があり、関係者は期待を高めている。

 市教委によると、高山社の分教場時代の姿として大正時代に描かれたとされる「高山本家 屋敷絹絵」には、長屋門から東に延びる石垣がある。しかし、昭和30年代以降に車などが通れるよう、周囲に石が積み増しされ、上面をコンクリートで固めて舗装されたため、古い石垣の存在は確かめられずにいた。

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