岩櫃城跡 国史跡に 真田氏の拠点 戦国史で重要 文化審答申
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
岩櫃城跡がある岩櫃山
岩櫃城跡の本丸付近で見つかった石積みの遺構(東吾妻町教育委員会提供)

 国の文化審議会(佐藤信会長)は21日、戦国大名・真田氏ゆかりの群馬県の「岩櫃城跡」(東吾妻町原町)を国史跡に指定するよう、柴山昌彦文部科学相に答申した。有力大名の武田氏の前線基地や真田氏の拠点として機能し、両家の地域支配の在り方や戦国時代史を考える上で貴重な史跡と評価された。

 県内の国史跡の城跡は金山城跡(太田市)、箕輪城跡(高崎市)に続いて3件目となる。官報告示で正式に指定されると、県内の国史跡は計51件となる。

 岩櫃城跡は切り立った岩壁が特徴的な岩櫃山(802メートル)の中腹に立地する。史跡の指定範囲は21万2507平方メートル。

 築城年は不明だが、1564年以降に武田、真田両氏の所領となり、上杉氏ら他国大名との攻防の舞台となった。75年の長篠合戦以降は真田昌幸が在城し、吾妻郡とその周辺地域の中核となり、真田氏が沼田城も手中に収めると、領地の沼田と長野県の上田をつなぐ中間拠点として最重要視された。

 東西約140メートル、南北約35メートルの本丸を中心に、岩櫃山から東に延びる4本の尾根上に曲輪を配置した。高所に築いた城下町を二つの支城と竪堀、土塁、堀切で防御していた。保存状態は良好で、江戸時代初期の廃城時の様子をとどめている。

 答申を受けて、東吾妻町の中沢恒喜町長は「感動している。今後の町づくりの大きな活力になる」とコメントした。

 「戦国武将 真田氏歴史研究会」の会長で、岩櫃山平沢登山口観光案内所で働く片貝正明さん(72)は「これ以上なくうれしい。訪れた人にしっかりと真田氏の歴史を伝えたい」と声を弾ませた。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事