謎の人物「横田新一郎」は誰? 初代前橋市長の遺影裏に漢詩
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
下村善太郎の遺影を手に情報提供を呼び掛ける洋之助さん
遺影の裏に書かれた漢詩

 初代前橋市長、下村善太郎の遺影の裏に、漢詩が書かれているのが見つかった。別れを惜しむ内容で、善太郎の死に際して即興で書かれたと思われる。「横田新一郎」と署名があるが、遺影を保管する子孫には名前に心当たりがなく、研究者にも知られていない謎の人物。関係者は「側近か親友か。分かれば善太郎研究が進む」と情報提供を呼び掛けている。

 発見したのは善太郎のひ孫で医師の洋之助さん(77)=前橋市紅雲町。長年、自宅敷地内の別棟で保管していたが、5月に下村家のルーツ研究のため持ち出し、漢詩を見つけた。

 洋之助さんは「遺影があるのは分かっていたが、裏に書いてあるとは全く知らなかった」と振り返る。

 筆で書かれた漢詩は、20年来善太郎の近くにいたとし、人柄と功績をたたえ、死を悲しむ内容。最後は「信州生 横田新一郎 謹識之」と結ばれていた。

 前橋市史に詳しい市前橋学センター長の手島仁さん(59)によると、横田の名前は、善太郎の死後1910(明治43)年に顕彰する銅像が建てられた時の発起人総代として登場するのみという。発起人の多くは当時の著名な経済人などだが、横田の情報はなく、長く謎の人物だった。

 多くの人が善太郎の死を悼む中、横田が遺影に漢詩を書いていたのが判明したことで、教養の高さや2人の関係の深さから、周囲から一目置かれていた人物の可能性が高いという。

 手島さんは「善太郎は1次資料が少ない。横田新一郎が何者なのか分かれば、善太郎の知られていない一面を解明できるかもしれない」と期待する。洋之助さんも「横田はどんな人で、善太郎とどんな関係だったのか。知る人がいれば情報を教えてほしい」と呼び掛けている。

 《下村善太郎》 1827(文政10)年生まれ。幕末・明治期に生糸商として財を築き、県庁の前橋誘致、鉄道延伸運動をはじめ、数々の事業に私財を投じて前橋の礎を築いた。92(明治25)年から初代前橋市長を務め、93(同26)年6月2日に病気のため辞職、4日に66歳で急逝した。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事