《プレゼンター》「群馬愛」胸を張って G-FREAK FACTORYボーカル 茂木洋晃氏
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もてき・ひろあき 1974年旧松井田町生まれ。新島学園高、米シトラスカレッジ卒。97年に帰国し、G-FREAK FACTORY結成。山人音楽祭の企画・運営に携わる。安中市在住。44歳
山人音楽祭2018(写真はオフィシャル)

 今や全国各地で開かれ、地域振興や観光資源にもなっている音楽フェスティバル。群馬県内最大級の「山人音楽祭2019」が21、22の両日、前橋市のヤマダグリーンドーム前橋で開かれる。地元のロックバンドとして20年以上活動し、同音楽祭の企画や運営に携わり、古里への誇りや愛情を歌に乗せて叫び続ける。(聞き手・江原昌子、撮影・広沢達也)

◎音楽の可能性 伝えたい
 これだけ大きなことを群馬でできるとは思っていなかった。全国では天災などさまざまな理由でフェスが中止されている。何事もなく開催できることで半分は成功だ。災害の少ない群馬で音楽活動ができることのありがたみを感じている。

 「山人」は街おこしが目的ではないが、結果的に群馬のためになるならいい。バンドマンの常識や美学は普段なら一般社会になじまないが、フェスでは演者と参加者が一体の一日を作れる。

 *東日本大震災翌年の2012年、「山人」の前身の「GUNMA ROCK FESTIVAL」を初開催。1年の休止(15年)を挟んで、今年7回目のフェスとなる。

 フェスで伝えたいのは「群馬っていいよね」というシンプルなメッセージ。音楽活動で東北を含む全国の被災地を巡り、苦しんでいる人たちを見てきた。一方で群馬は今のところ大きな災害はなく、帰ってくると何事もなかったかのように平和だ。でも、平和にぼけているだけじゃなくて感謝したい。たまたま同じ土地に住んで時間を共有している仲間が安心安全でいられること。その幸せを感じてほしい。

 自分たちはローカルバンド。群馬でやり続けてきたことがGRFや山人という形になり、後付けだけど「正解」になっている。いい場所やすてきな人、かっこいい人たちに巡り会えた。昔は「群馬好きです」と言い続けていても頭のどこかで半信半疑だったが、今は胸を張って言える。

《時代は今》住民のつながり 希薄に
 高校卒業後、米カリフォルニア州の大学に留学した。当時は人種差別が当たり前で、貿易摩擦の影響で日本人は特に嫌われていた。夜の外出は命の危険があるほど。多感な時期に自分はなぜこんな場所にいるんだろうと思っていた。日本人だと知られたくなくて、国籍を明かさないこともあった。ルーツを言えない自分が恥ずかしかった。

 留学中から「日本に帰ったら音楽をやりたい」と考えていた。普通なら東京での活動を目指すが、ルーツにプライドを持てない経験から地元にこだわる気持ちが出てきた。それがバンドの出発点だ。

 *1997年に帰国し、群馬で「G-FREAK FACTORY」を結成する。

 群馬ではBOΦWY、BUCK-TICK、ROGUEなどのバンドが生まれた。彼らが全盛だった時代に音楽をやっていたかった、と思うことがある。とっくに音楽をやめて次のステージへ進めたかもしれない。やめられるのはある種の才能だ。でも今も続け、挑み続けている。これも幸せ。音楽の面で影響を受けたのは米英のバンドだが、ロックシーンの礎を作った大先輩たちの奏でた音楽は自分の何かになっている。

 *昨年の山人音楽祭の入場数は2日で2万人。県内最大級のイベントに育った。一方でこうした大掛かりな舞台の対極にある地域活動も大切にし、地元の安中市で「安中会」という交流イベントを定期的に開いている。

《こう戦おう》顔見える関係 もう一度
 人口が減少し、地域コミュニティーの機能が弱まっている。だから顔が見える、体温が感じられる関係をもう一度見直したい。

 家でパソコンやスマホを触っているだけの方が傷つかなくて済むが、閉じこもっていたら何も生まれない。人と会って目を見ながら話すという、当たり前だが今、なくなりつつあることをやりたい。

 街に人があふれていた時代と同じやり方をしていると、時代のせいにしがち。人口減少を受け止め、当たり前のことをやるしかない。どんな時代になっても衣食住という人間に必要な「よろい」は変わらない。よろいを形作るアナログなものをもう一度信じたい。

 *スマートフォンの普及に「便利にはなったが、絶えず監視されているようで気は休まらない」と感じている。

《経験は語る》ネガティブ情報 急拡散
 誰もが発信できる一方、ネガティブな情報ほど急速に拡散し、人々は振り回される。こんな時代だからこそ音楽の可能性を感じる。

 音楽の捉え方は千差万別で、押しつけはできない。アーティストは「自分はこう思う」を伝えるだけ。伝えたことが聴いた人のフィルターを通じて違う形でアウトプットされる。プラスのエネルギーに変わるかもしれない。これが音楽の可能性。音楽は言葉とサウンドがあって、ライブであれば汗が流れ、フロアには仲間がいる。文面だけで見るのと伝わり方が違う。事実を教える学校の授業は役立つが、誰かの未来の役に立つバンドがいてほしいし、そうありたい。

 *5月に新曲「Fire」をリリース。「助け合って夢を語る それが人ってもんだ」という一節がある。

 震災や戦争という言葉を使わずに、人がはい上がって生きてきたさまを描きたいと思った。今は平和に見えるけれど、ネット空間の戦争にさらされ精神的なダメージを受けている。そこから早く抜け出したいという思いを込めた。

 今の群馬は、みんなが危機感を持って本気になっている。何かが起こりつつある。ただ、それぞれが動いていて一緒になっていない。これが「対栃木」とか「対東京」なら一つにまとまれるはず。足を引っ張り合うのではなく、それぞれがブラッシュアップしてまとまれば、今より大きいことができる。

 ※文中の「BOOWY」の正式表記は、中央の「O」にバックスラッシュが入ります。

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