住谷磐根の生家から従軍時代の絵 南国風景や兵士描く
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従軍画家時代とみられるスケッチや資料

 戦時中、海軍従軍画家として中国や南方に赴いた旧群馬町出身の住谷磐根いわね(1902~97年)。高崎市東国分町の生家で、従軍時代とみられる絵画やスケッチなど大量の遺品が発見された。戦意高揚を目的とした戦争記録画と異なり、手元に残した作品は風景や兵士の所作が伸び伸びと描かれている。戦前の作品もあり、近代史や住谷の画歴の一端をひもとく資料として専門家が注目している。

 住谷は21年に画業を志して上京。日中戦争、太平洋戦争での従軍を経て、東京大空襲直後の45年3月、妻子と共に生家に強制疎開した。戦後、地元村議を務め51年に再び上京するまでの間、今も残る離れの建物を住居兼アトリエとして使っていたという。

 住谷家に長年出入りする建築板金業の片ケ瀬紀一さん(77)=高崎市足門町=が5年ほど前、離れの屋根の補修で2階に足を踏み入れたところ、古い資料を発見。住谷の評伝を出版した群馬地域学研究所代表理事の手島仁さん(60)に連絡し、今年7月から本格的に調査が始まった。

 住谷は42年3月、徴用船「平洋丸」に乗って南方に向かい、7カ月にわたり戦地を転々とした。今回見つかったスケッチは、「ラバウル」「クエゼリン」といった地名と共に、のどかな南国の風景や家並みが表現されている。兵士の戦闘準備や休息中の様子も描写され、手島さんは「志願して従軍画家になっており、目に映るものを残そうとする意思が感じられる」と語る。

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