沼田城跡で江戸初期の絵図にない堀跡発見 真田信之以前の遺構か
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
沼田城跡の発掘調査で出土した瓦(市教委提供)

 戦国武将の真田氏が居城とした沼田城跡(群馬県沼田市西倉内町)の発掘調査で、江戸初期の城を描いた絵図にはない堀の跡が見つかったことが31日、分かった。沼田氏12代の顕泰が1532年に築城し、改修などを経て97年に真田氏初代城主の信之(信幸)が5層の天守閣を造営したとされる。堀跡は、信之が支配する以前の城の遺構とみられ、市教委は「沼田城がたどった歴史が分かる貴重な史料」と分析。県や国の史跡指定を目指して調査を続ける。

 市教委によると、本丸の外側に当たる部分を6月から調査したところ、「正保城絵図」に描かれていない堀跡が見つかった。16世紀後半ごろのものと推定できるという。

 それ以外に、本丸の堀の位置と規模を確認。幅は最大28.1メートルで深さは3.8メートルだった。本丸の南東部では、廃城後に二度と城を使えないようにする「破城」時に、取り壊されたやぐらの瓦も見つかった。

 市教委は2017年度、城跡調査や保存整備のための委員会を立ち上げ、下部組織に学識経験者による専門部会を設置した。城跡では昨年、本丸内の建物に使われた瓦が多数見つかったほか、柱を立てる際の柱穴も確認された。

 文化財保護課は「堀跡はまさに新発見。専門家や県教委の指導を受け、分析を進めたい」としている。

 市教委は6日、成果を公開する市民対象の現地説明会を開く。午前10時~正午、午後1~3時。問い合わせは同課(0278-23-2111)へ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事