邑楽が誇る伝統織物 中野絣の名声を再び 関係者PR
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機織りをする中野絣会の小久保代表ら
31日まで邑楽町中央公民館で行われている中野絣の展示

 群馬県邑楽町の中野地区(旧中野村)でかつて全国に名をはせ、隆盛を誇った織物「中野絣」を知ってもらおうと、地元関係者が取り組んでいる。31日まで町中央公民館で製品や生産用具を展示しているのをはじめ、3月にはプロモーション動画を制作して町内外にアピールする。新型コロナウイルスの感染状況を見極めた上で、中野絣をまとったファッションショーや講演会なども計画する。関係者は「この地で栄えた織物の歴史を知ってほしい」と意気込んでいる。

 中野絣は明治時代に生産が始まり、大正時代にかけて大小140軒ほどの機屋が切磋琢磨せっさたくまし、新しい柄の考案にしのぎを削っていたという。繁栄ぶりは「西の大和絣(奈良県)、東の中野絣」と称されるほどだった。その後、流行の変化や洋装の定着などもあり徐々に衰退し、1970年代には姿を消した。

 町の織物文化を伝えていく目的で結成された中野絣保存会(現中野絣会)の小久保しず子代表(78)は「私が中野絣の世界に入った三十数年前、機織りをしていた人がまだ元気だったので多くのことを教わった」と振り返る。

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