大河「青天を衝け」タイトルゆかりの詩碑 下仁田-佐久の県境に
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
渋沢の漢詩を刻んだ石碑。岩肌に設置された=長野県佐久市

 実業家の渋沢栄一(1840-1931年)を主人公にしたNHK大河ドラマ「青天をけ」。このタイトルは、群馬県下仁田町南野牧と長野県佐久市との県境近くで渋沢が詠んだ漢詩にちなみ、詠んだとされる場所には詩を刻んだ石碑がある。渋沢と群馬とのつながりを示すエピソードに地元で関心が高まっている。

◎内山峠越えを表現 感動した地元住民が1940年建立
 碑は富岡市から下仁田町へ通じる国道254号を西へ向かった内山峠の先、佐久市肬水いぼみず地区にある。1858年10月、当時18歳だった渋沢がここで漢詩を詠んだとされる。

 同市によると、タイトルは漢詩集「巡信紀詩」に収められている「内山峡之詩」にちなむ。険しい山越えを表現した一節〈勢いは青天をつきさすようで、うでまくりして登り 気持ちは白雲を貫き通すようで、手に唾をして行く〉(現代語訳)から取ったという。

 漢詩に感動した地元住民が1940年に石碑を建てた。佐久市はドラマ放送に合わせ、石碑を紹介する看板を設置。担当者は「さらなるPRに力を入れたい」としている。

 渋沢は伊勢崎市の南、埼玉県深谷市生まれ。実家は大きな農家で、藍染めの原料となる「藍玉」を信州へ売り込む際にこの地を通ったとされる。深谷を出発した数日後に詩作し、同県上田市に到着して清書した。いとこで、後に富岡製糸場(富岡市)の初代場長となる尾高惇忠が同行、道中は甘楽富岡地域も通過したという。「巡信紀詩」は2人の合作。

 NPO法人富岡製糸場を愛する会の黛一夫副理事長(74)は現地を訪れ、「今よりずっと険しい道のりを進んだのだろう。知れば知るほど渋沢と群馬とのつながりが深いことが分かる」と話した。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事