南牧で若き渋沢栄一が逸話残す サツキと石碑 大河ドラマで注目
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渋沢が連れていた馬が食べたとされる「馬喰いさつき」と市川さん
渋沢が書いた「愛染明王」の文字を写したと伝わる石碑

 若き日の渋沢栄一が連れていた馬が食べたとされるサツキ「馬喰(うまく)いさつき」と、渋沢がサツキの所有者へのおわびに書いた「愛染明王」の文字から作ったと伝わる石碑が群馬県南牧村にあり、NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」をきっかけに注目を集めている。番組で紹介後に渋沢ファンが訪れており、所有者の市川圭三さん(78)=同村大日向=は「村の名を少しでも世に示せれば」と期待している。

 サツキと石碑があるのは市川さん宅近くの私有地。市川さんによると、サツキは樹齢160年以上、石碑は厚さ15センチ、高さ80センチ、幅38センチほど。村営バスの停留所「宮の平」に近く、今月上旬もサツキと石碑を見ようとするファンの訪問があったという。

 上毛郷土史研究会発行の機関誌「上毛及上毛人」の記事によると、1860年(万延元年)秋、当時21歳だった渋沢が染物屋を営んでいた市川さんの先祖・嘉兵衛さん宅に藍玉を売りに訪れた。2人が商談中に庭先につないでいた馬が鉢植えのサツキを食べてしまったという。

 渋沢はおわびに「愛染明王」の文字と年月日を紙に書き、嘉兵衛さんに渡した。氏名は出世後に書くと約束し、弁償を免れたとされる。その後、嘉兵衛さんはサツキを鉢から畑に植え替え、渋沢が書いた文字を石に刻んだという。

 市川さんは「(渋沢は)『自分は必ず偉くなる。そうしたら名前を書きに来る』と言ったのに、約束を忘れたのか、また来ることはなかったようだ」と笑いつつ、「南牧にも素晴らしい人が訪れたことは、名誉なこととして、親戚の間で語り継がれている」と話している。
(黒沢豊)

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