戦国山城で全国初「本丸から金の粒子」 真田氏拠点・群馬の岩櫃城跡 出土の坩堝に付着
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金粒子の付着が確認された坩堝の破片(国立科学博物館提供)
顕微鏡で確認できる金粒子(国立科学博物館提供)

 群馬県の東吾妻町教委は13日、真田氏の拠点として知られる国指定史跡の岩櫃(いわびつ)城跡(同町)から出土した金属加工作業に用いられる皿形の容器「坩堝( るつぼ )」に、金の粒子が付着していたことを確認したと発表した。戦国時代の山城で本丸に位置する場所からの出土品で金粒子が発見されたのは全国初とみられる。当主の近くで金を含む高度な金属加工が行われていた可能性があり、戦国時代の本丸の使われ方を探る手掛かりとして貴重な事例だという。

 坩堝と呼ばれる皿形の器の一部は、2014年度の発掘調査で城跡本丸の東側先端部付近で見つかり、国立科学博物館理工学研究部の沓名(くつな)貴彦研究主幹が昨夏から科学分析をしていた。同館や町教委によると、戦国時代の遺跡から金粒子が付着した遺物が確認されたのは県内では初めて、全国で23例目。

 坩堝は復元値で直径6.8センチ。金粒子は直径0.1ミリ前後で、肉眼では見えない。砂金を溶解して金を精製する際に付着した可能性があり、岩櫃城に金の原料が持ち込まれ加工作業が行われていたことを裏付けた。

 城内ではさらに加工をして装飾品や調度品、金メッキなどに活用していた可能性があるという。付着した年代の特定はできていないが、真田氏か、それ以前の武田氏が支配していた16世紀ごろとみられる。

 金粒子以外に銅や亜鉛が付着した痕跡も見つかり、城内で高度な金属加工が行われていたことが明らかになってきたという。亜鉛は飛沫(ひまつ)状に付着しており、本丸の近い場所で真ちゅう製品を製作していた可能性がある。

 沓名研究主幹は「レベルの高い金属加工作業をしていたことが具体的にイメージできる。城下町ではなく山城で行われていたことに驚く」と話す。

 町教委の吉田智哉文化財保護係長は「城の中枢で最も高所にある本丸には、当主の場所というイメージを持たれがちだが、ここで職人が金属加工の作業をしていた痕跡が分かったことで、本丸に関する新しい評価につながる調査結果だ」と意義を語る。

 町は本年度中に展示会を開く計画。
(関坂典生)

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