萩原朔太郎がスペイン風邪? 「目下流行の例の悪風邪に―」 前橋文学館が1918年の書簡発見
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内容からスペイン風邪にかかっていたことが推測される朔太郎の書簡
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 前橋文学館は25日、前橋市出身の詩人、萩原朔太郎(1886~1942年)が、交流のあった山形県出身の詩人、竹村俊郎(1896~1944年)に宛てた書簡が見つかったと発表した。「目下流行の例の悪風邪に犯され」と書き記しており、1918(大正7)年11月4日の消印から、当時流行していたスペイン風邪にかかっていた可能性が高いことが推測されるという。同疾患の病歴にまつわる資料が見つかるのは初めて。6月14日から、同館で一般公開する。

 書簡は3月、同館が都内の古書店から購入し、収蔵した。同館の担当者によると、昨年末に送られてきた古書目録で存在は把握していたが、その後、朔太郎研究に携わる有識者から「スペイン風邪の病歴が推測される新事実の発見と言える」との助言を受け、購入を決めた。

 書簡は便箋(縦22.5センチ、横17センチ)2枚と、封筒(縦12.3センチ、横9センチ)一つ。四つ折りの便箋にペンで文字が書かれ、送り手の住所は朔太郎の生家「前橋市北曲輪町」、宛先は「東京市麻布区」となっている。

 同館によると、「萩原朔太郎全集」(筑摩書房、1989年発行)の編集当時に発見されていなかったもので、未掲載の新資料。書簡を送った前後の年代は朔太郎の日記や書簡といった記録が少なく、この時期の動向について知ることができる貴重な資料だという。

 同館によると、竹村は朔太郎の10歳年下だが、親しく交流を続けていたとみられる。書簡を送った前年の17年には、朔太郎と室生犀星が創刊した雑誌「感情」に同人として参加。16、18年に、朔太郎に会いに前橋市を訪れているという。

 書簡は、流行している風邪に犯され上京は難しいが、竹村に会いたいので都内での滞在スケジュールを教えてほしいという内容。竹村が考えていた第一詩集の出版について、「僕のできるだけのことをしたい。序でも跋(ばつ)でも書く。もちろん、批評も責任ある雑誌に公表する。とにかく全力を盡(つく)す」と自身の強い思いを記している。

 朔太郎の孫にあたる萩原朔美館長は「字体は丸文字で初期の文字。処女作『月に吠(ほ)える』が評判になり一気に有名になった翌年で、第1作を超えようとプレッシャーがあったと思う。竹村のデビューを手伝いたいと盛んに言っているのは、自らの詩の次の段階への準備期間だったからではないか」と話している。

 同館では6月14~18日(16日は休館日)、2階常設展示室で書簡を特別に無料公開する。同19日からは企画展「さくたろういきものずかん―朔太郎の世界を闊歩(かっぽ)する生物たち―」を開催するため、観覧料は一般500円となる。まん延防止等重点措置の適用を受け、今月16日から6月13日までは休館している。
(斉藤弘伸)

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