多胡碑を守った穴 高崎市教委が発掘 終戦直後に住民が隠す
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発掘調査で発見された埋設坑(高崎市教委提供)

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)「世界の記憶」に登録された上野三碑の多胡碑について、群馬県の高崎市教委は13日、終戦直後に隠すために掘られた埋設坑(穴)を発見したと発表した。進駐軍の接収を恐れて埋められたと伝えられており、発掘調査で正確な場所が判明した。市教委は「長年にわたって受け継がれた地域の宝を守ろうとした住民の思いが分かる貴重な発見」としている。

 多胡碑の埋設を巡っては、県史蹟調査会が1945年8月に文部省(現文部科学省)の指令に基づき上野三碑の「隠存」を検討し、保存責任者の吉井町(現高崎市)が翌9月ごろ、地元住民の協力を得て東方の桑畑に埋めて隠したとの資料が残る。46年10月に文部省の指示で掘り出され、元の場所(現在地)に再建された。山上、金井沢両碑は隠されなかった。

 多胡碑を埋設した際の位置図(県教委所蔵)を参考に、市教委が昨年12月~今年1月、碑の覆屋から東に約50メートル離れた民家の敷地を発掘したところ、埋設坑を見つけた。

 埋設坑は南北約2.9メートル、東西約1.8メートル、深さ約1.5メートルと推定され、その中に多胡碑(高さ約1.3メートル、幅約0.7メートル、奥行き約0.6メートル)が文字の刻まれた面を上にして埋められていたとみられる。埋設坑は埋め戻された。

 埋設坑の発見を記念し、発掘調査を担当した学芸員が3月10日、市吉井公民館で報告会を開く。定員80人(先着順)。問い合わせは市教委文化財保護課(電話027-321-1292)へ。

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