碓氷関所跡と堂峰番所跡  国史跡へ学術調査 安中市
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 旧中山道にある県指定史跡「碓氷関所跡」と、関連する堂峰番所どうみねばんしょ跡を合わせた国史跡化に向け、群馬県安中市は学術調査を実施する。本年度から2年かけ、市教委が基本計画を策定し、第1段階として碓氷峠の山道整備を本格化。ハイカーの増加による侵食などで荒れた峠道を整備して安全性を確保するとともに、関所跡と番所跡の整備方法などを検討する。

 碓氷関所跡を巡っては、市が単体で国史跡化を目指していたが、2016年に総合調査検討委員会が関連遺構を含めて調査すべきだとの答申を市に提出。これを受け、「最短で国指定を目指すため」(市教委文化財保護課)に、堂峰番所跡を加えた国史跡化へと方針転換した。

 市は本年度当初予算に530万円を計上。文化庁の補助金も活用する。全国から有識者を集めた整備検討委員会を設置し、具体的な整備内容や期間を検討する。市教委の素案では24年度までに峠道の整備を完了させた後、8年程度かけて関所跡と番所跡の試掘調査を進める。

 碓氷峠は本県と長野県境にまたがる熊野神社までの約8キロ。凹凸のできた箇所があるため、土留めや水の通り道を設置し、歩道を整備する。近年、軽井沢側から訪れる外国人ハイカーが増えており、日本語のみの案内板や道しるべを英語との併記に変える。

 碓氷関所は「入り鉄砲と出女」を厳しく取り締まるため、1623年に設置された。箱根関所などとともに日本三大関所とも呼ばれる。1959年に旧松井田町が地元住民の協力を得て東門を復元した。JR横川駅に近く、年間約2万人が訪れるという。

 堂峰番所は関所から約4キロ離れた高台にあり、関所を通らずに峠越えをしようとする通行人を見張る役割があった。碓氷関所とともに1869年に廃止され、番所跡の南側に石垣、西側に長屋の礎石などが残る。

 横川駅周辺の観光振興に長年携わってきた碓氷関所保存会の佐藤健一会長は、当時の面影を残す関所跡の歴史的な価値を強調。「国史跡になれば観光客が増え、地域振興に絶好の機会となる」と意義を語る。

 峠道周辺には昨年発見された、戦国時代末期のものとみられる「陣城じんじろ」跡や、明治天皇が北陸を訪れる際に通った「御巡幸路ごじゅんこうろ」など見どころは多い。市観光課は「碓氷峠は多くの外国人ハイカーが訪れている。整備を通して市内のインバウンドの中心地となれば」と期待を寄せている。

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