全焼の太田・高山神社に小型の社 宮大工で現代の名工 生形さん
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
完成した社に喜ぶ鏡宮司(左)と生形さん

 江戸後期の思想家、高山彦九郎(1747~93年)を祭ることで知られ、2014年12月に放火で本殿と拝殿が全焼した群馬県太田市本町の高山神社に寄付しようと、宮大工で現代の名工、生形英雄さん(74)=伊勢崎市日乃出町=が弟子らと小型の社を造った。火災から3年半がたつが、社殿再建のめどは立っていない。生形さんと神社の鏡貴芳宮司は「再建に向けた機運が高まるきっかけになればうれしい」と話している。

◎火災から3年半 弟子たちと手作りで

 完成した社は高山神社の本殿と同じ神明造。総ヒバで、高さ約1メートル、幅1.5メートル、奥行き1メートル。

 生形さんは高山神社が焼けたことを知り、「先人の残した貴重な建造物が失われ、もったいない。現代の名工として技術を生かして何かできることはないか」と考えたという。高山彦九郎記念館(太田市細谷町)を訪れるなどして構想を練り、今年1月からおよそ半年かけて完成させた。

 鏡宮司は今月上旬、生形さんの元を訪れて、真新しい社と対面。「本当にありがたい」と感謝を伝えた。本殿跡に雨風を防ぐ囲いを建てた上で、今夏のうちに設置する考えだ。

 高山神社は全国で唯一、細谷村(現同市細谷町)出身の高山彦九郎を主祭神とする神社。火災後の本殿跡には鳥居と石造りの基礎部分だけが残っている。鏡宮司や「高山彦九郎研究会」の正田喜久名誉会長らが中心となって再建に向けた募金活動などを進めている。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事