「発展に尽くせて幸せ」 27日に任期満了の大沢正明知事が退任
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職員らの拍手の中、退庁する大沢知事(アプリ「上毛新聞AR」をインストールしたスマホやタブレットをこの写真にかざすと動画を見ることができます)
「ふるさとの発展のために力を尽くした」と語る大沢氏

 27日で任期満了となる大沢正明群馬県知事は26日、県庁で退任会見を開き、「知事としてふるさと群馬の発展のために力を尽くしきれたことは、本当に幸せだと思っている」と述べた。東日本大震災や記録的豪雪、政権交代に伴う八ツ場ダム建設の中断、県防災ヘリコプターの墜落事故などを振り返りながら、3期12年を「常に緊張の連続だったが、現場の皆さんと共に悩み、その一つずつに全力で取り組んできた」と表現した。

◎特別支援学校の未設置地域解消 印象に
 特に印象に残っていることとして、特別支援学校の未設置地域の解消を挙げた。各地に出向き、地域の声に耳を傾ける中で課題を探り、解決策を検討してきたという。子ども医療費の無料化を市町村と連携して実現したことや、来年4月に完成するコンベンション施設「Gメッセ群馬」にも言及した。

 新知事の山本一太氏に期待することなどを問われると、「誰が知事になろうとも、県民主体の県政を推進していくことが一番大事」と語った。

 大沢知事は同日午前、山本氏へ事務の引き継ぎを行った。午後4時半から退任式に臨み、大勢の職員らに見送られながら県庁を後にした。

◎12年の歩みに感謝 職員を激励 「輝く群馬へ励んで」
 27日で任期満了を迎える大沢知事の退任式が26日、県庁県民ホールで開かれた。3期12年にわたり県政のかじ取りを担った大沢知事は鳴りやまぬ拍手で見送られ、県職員に別れを告げた。

 大沢知事はこれまでの歩みを振り返り感謝の言葉を並べ、「人と地域が輝く、ふるさと群馬の実現に向けて大いに励んでいただきたい」と力を込めた。

 職員をはじめ、国会議員や県議らが詰め掛けた。代表して反町敦副知事が「大沢知事の優しさから生まれる信頼に加え、市町村や関係団体と協力関係を築いたことが素晴らしい実績につながった」と賛辞を贈った。

◎これから「パソコンのエクセルを習いたい」…会見一問一答
大沢正明知事の退任会見での主なやりとりは次の通り。

―退任の感想は。
 12年間、県政の主役は県民であるという思いで、できるだけ地域に出向いて意見を聞いてきた。特別支援学校については障害者のお母さんから、子ども医療費は子育て世代のお母さん方からの意見を基に、経済的負担の解消に取り組んだ。

 そうした政策が実現できたことは大変うれしい。一方、県経済を強くするためには思い切った政策でないといけない。県議会や各団体、多くの皆さんにご支援いただき、今日までやってこられて本当によかった。

―新知事への期待や取り組んでもらいたいことは。
 今日午前に山本(一太)さんと事務の引き継ぎを行い、当面の課題はしっかりと引き継いでいただくようお願いした。誰が知事になろうとも、県民主体の県政を推進していくことが一番大事だと思っている。

―山本氏とどのような話をしたのか。
 発信力があるので、県のために大いに頑張っていただきたいとお伝えした。長く国会議員をされて大臣も務めた方だから、県政の在り方は十分承知されていると思っている。

―やり残したこと、課題だと考えることは。
 コンベンション施設が来年春には完成する。これからは県もこのような施設で展開をしていかないと県経済が大きく発展していかない。課題もあるだろうが、市町村などとも連携し、地域に反映できるように取り組んでもらいたい。

―12年の任期中で印象に残っていることは。
 特別支援学校の未設置地域がこれだけ多かったのかということ。障害のある子どもたちが地域で生まれ、育ち、学び、就労し、安心して生活ができる体制までしっかりやり遂げることが大切。これをさらに充実していただきたい。

―山本氏は、大沢知事が選んだ(副知事などの)特別職を白紙にする意向を示している。
 それは新知事の専権事項だと思っている。

―重責から解かれるが、まずしたいことは。
 パソコンのエクセルを習うこと。また、スマホの使い方が分からないので、そういうのをちゃんと講習してくれると…。今後は一県民として、そうした声を上げていこうかと思う。

◎“閣僚行脚”を活発化…山本一太氏 3日間で5人に
 新知事に就く山本一太氏が28日の任期開始を控え、参院議員時代のパイプを生かし、閣僚への協力要請を活発化している。26日は世耕弘成経済産業相、河野太郎外相と面会。3日間で安倍晋三首相を含む5閣僚と相次いで会談した。

 河野氏には中国への県産農畜産物の輸入規制解除の働き掛け、世耕氏には解禁後も見据えた海外展開支援などを求めた。山本氏は「知事として活動する最初の舞台装置づくり。価値ある行脚ができた」としている。

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