《“双子都市” 前橋・高崎》「選ばれる都市圏」になるには
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「いろいろな人が助けてくれる。前橋暮らしに不満はありません」と話す武藤さん夫妻。自宅横に建築中のレストラン「我ん家」の奥には赤城山が見える
「高崎市と前橋市は広域連携をもっと進める必要がある。それには首長の歩調が合うことが重要」と話す佐藤教授
 

 「幸福度が高い」とはどういうことだろう。都会の便利な住環境や順調だった仕事をリセットし、縁もゆかりもない前橋市での人生を選んだ4人家族がいる。

◎医療福祉で移住決意…都内人気店「我ん家」 前橋で再開
 自宅前の畑から丸々とした聖護院大根を掘り出すと、長靴姿の武藤裕司さん(52)=同市粕川町込皆戸=の顔に自然と笑みが浮かんだ。「農作業は初めてだから試行錯誤。でもオーガニックの野菜を店で出したくて」。2月2日のレストラン開店へ準備に忙しい。

 東京・世田谷区から引っ越したのは昨年4月。敷地700坪付きリフォーム済み住宅は北に赤城山を望む立地だ。東京では実家を改装し、和食とフレンチを融合した創作料理を提供する「われ」のオーナーシェフとして切り盛りしてきた。カウンター7席の店は口コミで評判となり、予約の取れない人気だった。

 経営は軌道に乗っていたが2019年夏、ふと「のんびり暮らしたい」との思いが膨らんだ。移住を支援する「ふるさと回帰支援センター」(東京・有楽町)で偶然開かれていた群馬フェアで市移住コンシェルジュの鈴木正知さんと出会い検討を本格化。次女(7)が小学校に入学するタイミングでの移住を決断した。

 ただ、最初から前橋と決めていたわけではない。同年8月には沼田市、9月は中之条町に宿泊体験した。「沼田も良かったし、子育てするなら中之条が最高だと思った」と振り返る。

 前橋を選んだ理由の一つが障害のある長女(24)との生活だ。通所施設と病院が近いことが条件。幸福度ランキングで「医療・福祉」2位と充実している前橋はそれを満たしていた。

 東京ではホームヘルパーの需要が高く、毎日違う事業所に依頼し、体調などの連絡事項は各事業所に伝える必要があった。現在は同じヘルパーに頼めるだけで負担が減っている。

 立地も後押しした。妻の明美さん(42)は「近くにスーパーがあり、買い物は車ですぐ。程よい田舎で都心から離れていないので暮らしやすい」と話す。群馬では普通の、広い校庭がある小学校やビルに遮られない大きな空も魅力だった。

 困り事があると誰か知恵を持った人を紹介してくれたり、世話を焼いてくれる人たちがいる。「群馬は人のつながりができる土地。商売をやるにはいい場所なんじゃないかな」と武藤さん。多くの助けを得て新築した店には東京時代の客も訪れる予定という。

「10年先見据え戦略を」…高崎経済大・佐藤徹教授に聞く
 前橋、高崎両市が幸福度ランキング2020年版中核市部門で16年以来3回連続トップテン入りした。統計を基にした指標による評価は高いが、新型コロナウイルスの拡大は「都会と地方」「仕事と生活」といった既存の関係性や価値観を揺るがしている。住民が暮らしやすく、地域間競争で選ばれる都市になるにはどう差別化するのか。高崎経済大の佐藤徹教授(自治体経営論)に聞いた。

―ランキングの評価は。
 民間が作った指標はいくつもあるが、本当に幸福度を計れるのか。1人当たりや人口換算すると、人口増加中の自治体は数値が悪化し、減少中の自治体は改善する。行政の努力で数値が上がったのでなく人口が減ったから。一喜一憂するべきではない。結果をどう活用していくか話し合うテーブルを持つことが重要だ。

―合併を含め、隣接の2市がより力を高めるには。
 合併し政令市になれば都市の格は変わるが、政令市というブランドで企業や人が県央地域に来るインセンティブになるのか疑問だ。 ただ、最小経費で最大の効果を生むには広域行政をもっと進める必要がある。連携は政治的要因が大きく首長の歩調が合わないとできない。大阪では豊中市や吹田市などが連携を進めようと頻繁に市長が会っている。2市長も具体化へ動けるか。職員研修や情報インフラ整備、バス運行など広域でできるものは多い。

―コロナ禍でテレワークが進むなど職住近接が必ずしも魅力的な生活ではなくなった。地方都市には移住定住のチャンスに見える。
 コロナで首都圏から地方への移住が増えていると言われている。まだ一過性の動きなのか分からない。自治体の移住定住支援で新婚家庭に5年間家賃を補助しても、5年後には転出してしまう。高崎と前橋は東京との近さや地価の安さはメリットだが、結局は魅力を高めることができるか。

 ただ、魅力度や幸福度を何で表すのか研究の蓄積やエビデンス(証拠)がない。EBPM(証拠に基づく政策立案)が必要だ。

―選ばれる地方都市になるには。
 地方では大都市でも若い女性が東京に転出してしまう問題を抱えている。戻ってきてもらう施策も、住居を安く提供するなど経済的な補助ばかりでは自分の首を絞める。今後の政策の立案は、思い付きや過去のエピソードベースを改め、5~10年先の将来を定め逆算して今何をすべきなのか考えていく戦略思考に変えなくてはならない。企画力や構想力が求められる。

 その上で新たな価値を創造できるかがポイントだ。歴史や伝統文化の再定義も含む。30年ごろには生産年齢人口の減少が加速する。人工知能の活用や、住民とスクラムを組んで知恵を出し合わないと行政だけで何でもやるのは限界。その意味で前橋市は住民や民間の力を使うのがうまい。

 一方的に政策を提示するのでなく、市が偏りなく住民の声に耳を傾け、対話する。統計データや政策効果のエビデンスを調査・蓄積していくことが重要だ。

◎健康上位も文化厳しく…群馬県全体の順位 
 群馬県の47都道府県幸福度ランキングは24位とほぼ中央にあるが、総合順位は18位(2012年)、15位(14、16年)、22位(18年)で「やや下降傾向にある」と指摘された。分野別では健康6位や教育8位などが上位、文化は41位と低い。

 山本一太知事は「県民の幸福度向上」を掲げる。県は抽出した県民に現時点の幸福感など主観を問うアンケートをし、昨年12月中に回収、現在集計している。調査は毎年継続し、幸福度の経年変化を見る。

 今回の幸福度ランキングについて、調査を担当する県戦略企画課は「順位の評価について言うことはないが、一定のエビデンスを示した調査なので参考にはしたい」と説明する。

 今回のランキングでは1人当たりの県民所得が309万8000円で11位、余暇時間は91分で45位だ。「例えば所得が高いことや余暇時間が幸福度に結び付くかも分からない」(同課)として県も客観的な統計と主観指標を合わせ、幸福度を分析し政策立案に生かす。

 一方、別の民間シンクタンクが公表している都道府県魅力度ランキングで群馬は長年40位台と低迷しており、県は「実態を反映していない」として妥当性などを検証している。


《視点》個性を伸ばし 底上げを
 幸福の価値観は人により異なる。今回のランキングは必ずしも住めば幸せになれる自治体の順位ではないが、市民所得や社会教育費といった指標は豊かな生活の判断材料にはなるはずだ。比較にさらされる自治体がサービスの向上に向かえば、市民にとって幸福度の底上げにつながる。

 高評価を得た前橋、高崎の両市は長く政治経済などで張り合って都市力を高め、群馬のエンジンとなってきた。だが、急速な人口減はライバル関係に変化を迫っている。働き手が減り、地域社会は縮小、資産だったインフラは維持管理が負担に。加えてコロナ禍だ。デジタル社会も後押しし、テレワークや地方移住が進む今、従来の価値観は通じない。

 ランキングは両市の相似性だけでなく、長所や弱点の違いも明白にした。「豊かな自然」「地価が安い」といったありきたりのうたい文句で地方都市を差別化するのは難しい。両市の優位性は隣接した立地だ。合併による政令市が最適解かは分からないが、例えば施設の共同利用や市をまたぐ循環バス、イベントの共催などで補完し合い都市圏の力を高め、個性を伸ばす。それが持続可能な都市として選ばれるための魅力になり、市民の幸福を支える基盤となる。(前橋支局・石垣光広)

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