渋沢栄一の書簡公開 工業学校設立「首相に進言」 桐生の実業家宛て 5日から
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渋沢が桐生の実業家に宛てたとされる書簡

 新1万円札の肖像画への採用が決定している埼玉県深谷市出身の実業家、渋沢栄一(1840~1931年)が、群馬県桐生市の実業家に宛てたとされる書簡が初公開される。現在の国立大学などに当たる高等工業学校の設立を桂太郎首相(当時)に進言したという内容。現群馬大理工学部(同市)などの設立を念頭に置いたとみられる。公開は7月5~28日、同市本町の桐生歴史文化資料館。

 桐生市の郷土史研究家、奈良彰一さんが2002年、郷土史研究家から購入し、その後にみどり市の経済史研究家の男性に譲渡。奈良さんと所有する男性は、4月に新紙幣の肖像画への採用が決まり、渋沢への関心が高まっていることを受け、公開を決めた。

 奈良さんや、渋沢史料館(東京都)の井上潤館長によると、1910(明治43)年ごろの桐生では工業人材の育成や織物の技術革新などのため、高等工業学校の設立を求める運動が盛り上がっていた。渋沢は同年6月に織物組合などからの招待で桐生を訪れ、地元の業者が手がけた織物などを視察したという。

 書簡は桐生を訪れた2カ月後の同年8月、関係のある実業家への返信として送られた。縦約20センチ、横約1.1メートルの紙に、渋沢が墨で書いたとされる。

 奈良さんは「渋沢の政治力、経済力が、桐生に群馬大ができる契機を生み、経済や繊維産業の発展につながったことを物語ってくれる書簡」と説明。井上館長は「内容がしっかりしていて渋沢の日記と照合しても整合性がある。貴重で価値の高い資料だ」と話した。

 7月27日には同市本町の有鄰館で井上館長が講演し、渋沢の人柄や書簡などについて語る。入場無料。問い合わせは同資料館(電話0277・46・7246)へ。

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