《あすを生きる》スポーツ界のハラスメント 断ち切る機運高まる
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
体罰や暴言を排除すると約束した桐生第一高バスケットボール部

 「殺すぞ」。群馬県の桐生第一高で4月、サッカー部の男性コーチが部員に暴言を吐き、平手打ちなどの体罰をした。同校はその後、コーチを指導から外した。

◎「スパルタ 下の世代にも伝わる」
 全国の運動部で、指導者による部員への体罰や暴言は後を絶たず、県内でも高圧的な指導が相次いで発覚している。一方、そうした現状を変えようという機運が高まり、学校側は時代に合った指導法の模索を始めている。

 同校は5月、硬式野球やサッカー、ラグビーなど全国レベルの七つの部活動を一元運営するための組織を設立した。管理体制を見直し、ハラスメントのない環境を整えるのが狙い。全国の高校で初めての取り組みだ。主導する同校強化指定クラブマーケティング室長の近藤洋介さん(46)は「暴力、暴言を一切排除する」と約束した。

 近藤さん自身もバスケットボールに打ち込んでいた高校時代、指導者から怒鳴られ、殴られることもあった。心無い言葉を浴びせられ、退部した。それから30年。相変わらず全国の体育館やグラウンドで怒号が飛び交う現状を憂う。「体罰は大人の問題。根絶への強い意志と、指導者を教育するシステムが必要」とし、改革実現に意欲を燃やす。

 なぜ、スポーツ指導の現場から体罰や暴言がなくならないのか。今年の全日本バレーボール高校選手権に出場した西邑楽高女子バレー部の吉田充昭監督(45)は「以前、スパルタ指導で選手を強くした時代があった。それが下の世代にも伝わって残っている」と分析する。

 負の連鎖をなくそうと、吉田監督は新たな試みを始めた。中学生向けに開いたバレー大会の要項に「指導者は『絶対に怒らない大会』として実施します」と記した。プレーに失敗して萎縮する選手はいなくなり、各監督は試合運びを選手に委ねるなど、主体性を重んじるようになったという。

 前橋東高柔道部の今川直明監督(58)も、体罰や暴言などのイメージを払拭ふっしょくする必要性を感じる。全国高等学校体育連盟柔道専門部の副部長として、フランスの子どもを教えた時のこと。現地の指導者が怒鳴ることは一切なく、子どもが明るく楽しそうに技を繰り出すのを見てはっとした。

 同国の柔道人口は日本の数倍。「指導者が自覚しなければハラスメントはなくならず、日本の柔道人口が増えることもない」と危機感を抱く。

 生徒の自主性にどこまで任せるべきかなど、現場の悩みは尽きない。「だからこそ、より適切な指導法を学び続けようとする指導者の姿勢が重要だ」。吉田監督は確信している。

 【メモ】 大阪市の市立高バスケットボール部の男子生徒が体罰を理由に自殺した問題を受け、文部科学省は2013年、指導のガイドラインを策定。「勝つことのみを重視し過重な練習を強いる」ことを禁じた。それでも体罰はなくならず、改革の議論が続いている。

◎指導者の負担 分散を…上武大准教授・小野里真弓さんに聞く
 職場や学校などさまざまな場で人権意識が高まり、スポーツ界でまかり通ってきた高圧的な指導などの悪習を見直す動きが広がっている。スポーツマネジメントに詳しい上武大の小野里真弓准教授は「指導者の負担を分散し、子どものニーズをくみ取る仕組みが必要」と未成年へのハラスメント防止策を指摘する。

―国内の取り組みはどう始まったのか。
 選手の権利保護への意識が強まったのは1990年代に競泳で活躍した千葉すず選手の時。シドニー五輪代表選考で標準記録を突破して優勝したが落選し、理由も説明されず、スポーツ仲裁裁判所に訴え出た。選考基準が明確化されるきっかけとなった。

―近年、レスリングやアメリカンフットボールなどさまざまな種目のトップクラスの組織で問題が噴出した。
 社会全体で基本的人権を守り、暴力を排除するという議論が高まった成果だ。問題が起きる理由の一つに特定のキーマンへの仕事の集中がある。手弁当で指導から運営まで担わざるを得ない状況が個人の影響力を拡大させる。構造的問題で、企業から地域の小中学生のクラブまで当てはまる。その延長線にさまざまなハラスメントがある。

―防ぐためにはどうすればいいか。
 「選手を強くしたい」と考える点は問題のある指導者も同じ。指導ライセンス制に加え、サポート人材を確保するなど組織の運営面を強化して負担分散を図らなければいけない。「パワーハラスメントをするまでに追い込まれた」と捉え、要因を探るのも重要だ。

―勝利への過剰な重圧が根底にある。
 試合で最高のパフォーマンスを発揮することを本業とするプロと異なり、学生スポーツや部活動は教育の一環だ。人間的に成長させる視点を持てないなら指導者としての資質に欠ける。試合に出られない多くの部員が競技に関わる意義や価値を見いだすべきだ。勝利至上主義には限界がある。

―重視すべき考え方は。
 大人の都合が優先されればハラスメントに陥る危険性が残る。スポーツを支えるのは将来の子どもたち。その資質ややる気に合わせた指導体制づくりを進めた先に、本当のアスリートファーストがある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事