日航機墜落事故から34年 高齢化する遺族 慰霊登山もままならず
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右足の痛みをこらえ、親族らに支えられながら歩みを進める田淵さん
娘2人の墓標を飾る母、山岡清子さん(右手前)。息子の直樹さんをはじめ親戚一同で登った

 日航機墜落事故から34年を迎えた12日、遺族は最愛の家族の面影を追い、事故現場となった群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」を目指した。高齢となり自らの慰霊登山を断念して麓で親族を見送る人や、家族に支えられながら衰えた脚で一歩ずつ登る人、赤ちゃんをおぶって登る人の姿も。墓標の前には、悲惨な事故の記憶を風化させずに次世代へと伝えていく使命感や思いがあふれた。

◎「息をしている間は登りたい」
 事故から34年。高齢となった遺族には慰霊登山が難しくなってきている。

 親族や他の遺族ら16人に支えられ、一歩、また一歩と足を運ぶ姿があった。娘3人を亡くした兵庫県西宮市の田淵親吾さん(90)。懸命な歩みは、今年は体調不良で来られなかった妻の輝子さん(85)のためでもあった。

 墓標では娘3人の写真を前に座り、約20分間、静かに対話した。この場に立てば、娘たちの姿が見えるような気がする。「娘に会いに来るのが親の務め。息をしている間は登りたい」と語った。

 娘2人を亡くした山岡武志さん(82)=堺市=は今回、体力や視力の低下から登山を断念し、一緒に来た妻の清子さん(73)と長男の直樹さん(52)らを登山口で見送った。

 清子さんは親族15人で登り、墓標を色とりどりの千羽鶴や風車で飾り付けた。「一年の始まりはお正月ではなく、8月12日」と清子さん。年に一度の慰霊登山を終えると、もう来年の登山のことを考え始めるという。武志さんは今後、目の手術を受ける予定だ。「来年は絶対に連れてくるからね」。清子さんは娘たちと約束した。

 事故機の高浜雅己機長の妻、淑子さん(75)は2017年に足にけがをしてから山に登れていない。今年は次男の浩二さん(48)一家と、高浜機長の後輩でパイロットの芦沢直史さん(61)ら10人に思いを託した。

 「どうやって飛行機は落ちたの?」。登山道を歩きながら、孫の優人君(9)が素朴な疑問を投げ掛けると、芦沢さんが丁寧に説明していた。優人君の将来の夢はパイロットだ。優人君は「これからは自分も事故のことを伝えたい」。少し大人びた口調になった。

◎「二度と事故 起こさせない」…山本知事
 山本一太知事は12日、就任後初めての慰霊登山に臨んだ。上野村の黒沢八郎村長から説明を受けながら、墓標が並ぶスゲノ沢を訪れたり、「昇魂之碑」で献花したりした。

 報道陣の取材に、山本知事は「登山道は急な所もあったが、関係者の努力もあって整備されているという印象。520人が亡くなった事故の大きさを再認識した」と述べた。

 8月10日に1年を迎えた県防災ヘリ「はるな」の墜落事故にも触れ、「航空機事故を二度と起こさないよう、努力しなければならない」と力を込めた。

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