中曽根元首相死去 青雲塾会館に多くの県民が弔問
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多くの弔問客が訪れた青雲塾会館=30日、高崎市
青雲塾会館を訪れ記帳する人たち=30日、高崎市

 中曽根康弘元首相の訃報から一夜明けた30日、記帳所が設けられた群馬県高崎市末広町の青雲塾会館には朝から多くの人が訪れ、101歳で亡くなった中曽根氏の功績に思いをはせながら、祭壇の遺影に手を合わせた。

 山本一太知事や大沢正明前知事、富岡賢治高崎市長、県議、市議ら政財界関係者のほか、中曽根氏を古くから知る人たちが絶え間なく弔問に訪れた。自転車や徒歩で駆け付ける近隣住民の姿もあった。

 弔問を終えた山本知事は「やはり『巨星落つ』という感じで、一つの時代が終わった気がする。戦後の名宰相の一人であり、(これまでのご活躍に対し)県民を代表してお礼を申し上げたい」と話した。

 中曽根氏は2011年10月、県から名誉県民の称号を贈られている。名誉県民だった故福田赳夫元首相、死去後に名誉県民となった故小渕恵三元首相はともに県民葬が行われており、県は今後、遺族の意向を踏まえながら県民葬の実施を検討するとみられる。

◎愛情の深さ、県民に寄り添う姿 大きな存在を胸に感謝の言葉

 中曽根康弘元首相が29日に亡くなったのを受け、記帳所が設けられた青雲塾会館(高崎市末広町)には30日、大勢の県民が訪れ、遺影に手を合わせた。喪失感とともに語られたのは中曽根氏への感謝。身近に接した人たちは思い出をたどり、終生変わらなかった優しい人柄をしのんだ。

 「いつかこの日が来ると思っていたが、まさかという思い。思い出が浮かんでは消えていく」。選挙の演説に感銘を受け、30代から青雲塾に通うようになった同市若松町の橋爪清さん(81)は寂しそうに話した。「決して偉ぶることのない優しい方。人との縁を大切にする生き方を教わった」

 支援者で同市飯塚町の植原俊子さん(76)は40年余り前、JR高崎駅で中曽根氏に生まれたばかりの長女を抱いてもらった思い出がある。「雲の上の存在と思っていたが、優しい雰囲気で愛情の深さを感じた」と懐かしんだ。

 結婚式で仲人を務めてもらった縁などから、家族ぐるみで中曽根氏を支持した人たちも訪れた。市内に住む梅山和子さん(73)は亡き夫、立夫さんが中曽根氏を慕っていたことを振り返りながら、「県民に寄り添って、立派な先生だった」と言葉を詰まらせた。

 青雲塾会館近くで生まれ育った同市飯塚町の山本豊さん(70)は「総理になるべくしてなった方。長い間ありがとうございましたと伝えたい」と感謝した。

 婦人後援会「あやめ会」の富岡支部長を長年務めた堀口正子さん(94)=富岡市富岡=は「まだまだ元気と思っていた」。国の行く末を常に考え、長期政権を築いた歩みをたどりながら、「あれだけの人はもう出ないだろう」とつぶやいた。

(遺族は供花、供物は辞退しており、弔問のみ都内自宅ではなく高崎市の青雲塾会館で受け付けている)

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