月刊俳句誌「絹」 20年の歩み惜しまれつつ3月終刊
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「会員と心のつながりがあった」と語る高橋さん

 群馬県の甘楽富岡地域を中心に、県内外の会員が活動してきた月刊俳句誌「絹」が3月1日発行の第240号で終刊する。1999年4月の創刊から20年発行してきたが、主宰する高橋洋一さん(77)=富岡市黒川=が病気で倒れて以降、思うように編集できなくなったことなどが理由。「今後は今までできなかった余裕のある句を作りたい。会員にもそれぞれ俳句を続けてほしい」と話している。

◎会員の高齢化で引き継ぎも難しく決断
 高橋さんは旧国鉄に勤めていた20代後半から俳句を始め、上村占魚せんぎょに師事。占魚に付いて、全国各地の句会に足を運んだ。

 占魚の唱えた「徹底写生・創意工夫」の実践を掲げて「絹」を創刊。絹のような高い品格を持ち、色あせない独自の創作を目指すことを提唱した。県内のほか、岩手、東京、静岡、大阪など各地で約100人が活動し、ピーク時の会員は250人に達した。

 高橋さんは選句に加え、月17回、各地の句会に出向き、指導してきた。日航機墜落事故の風化を防ぐため、2008年から「御巣鷹忌」を季語として定着させる活動にも力を注いだ。県俳句作家協会長、俳人協会県支部長、富岡市文化協会長、上毛俳壇選者などを務め、俳句や文化の振興に精力的に取り組む中、4年前に脳出血で倒れてしまった。

 病で失った文字や言葉を取り戻せたのは、俳句のおかげだった。自分の俳句を書き写すなど懸命のリハビリを続け、1年間休刊した「絹」は再刊できた。だが、「パソコンの操作を忘れてしまい、いろんな意味で自分の思うようにならず苦しかった」という。参加できる句会も大幅に減り、十分な指導ができないことや、会員が高齢化して事務的な引き継ぎができないこともあり、終刊を決断した。

 〈終刊はとてもさびしくもあり、残念でなりません〉〈「絹」で学んだことを生かしながら自分の俳句を見つけていきたい〉。12月号の発送時、終刊を通知したところ、惜しむ声やねぎらいの言葉が数多く寄せられたという。

 2月号の巻頭に高橋さんのこんな一句がある。
 〈山眠るやうに一誌を終刊す〉

 今後は富岡市内の三つの句会で指導を続ける。「富岡製糸場の世界遺産登録運動にも関わり、俳句を通じて絹文化を見直すことになった。皆さんからの言葉が財産だ」と話している。

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