《チカさんの登校日記 (1)》前進 娘の笑い声 共に頑張る転機に
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1歳の知果さんと、京子さん。不安な子育ての中、少しずつ外出が増えていった=2013年夏

 「今日は暖かいね」。青空の下で、車いすにもたれたままの女児は呼び掛けに対し、間を置いてわずかに表情を動かした。「にこにこしてる。機嫌がいいんだね」。同年代の友達が顔をのぞき込み、声を上げた。

■不安な子育て
 この女児は、石川知果さん(7)=群馬県高崎市。2012年6月、父の彰さん(46)と母の京子さん(48)の長女として生まれた。生後10日で高熱から細菌性髄膜炎を発症。医師は命の危険を宣告した。新生児集中治療室(NICU)で体中に管がつながれ、両親はガラス越しにひたすら回復を祈り続けた。

 2カ月間にわたる治療で一命を取り留めたが、脳性まひとなった。鼻の管から栄養を取る「医療的ケア」を伴う重症心身障害児。意思疎通も体を動かすこともほとんどできない。不安な子育てが始まった。

 両親は障害を受け止める心の準備が、まだできていなかった。それでも「知果は生まれながらに生きることと闘っている」。死線をさまよい、頑張って命をつないだ大切な娘。彰さんはいち早く、前を向いた。

 一方、京子さんは自営のデザイン業に復帰したが、母子で一日の大半を自宅で過ごす日々に、希望を見いだせずにいた。誕生直後の知果さんの写真を見せて励まそうとする親族に、「なんでこんな物見せるの」ときつく当たった。優しさすらも重かった。

 転機は久々の外出でおもちゃ店に入った時。おもちゃから音がすると、知果さんが「ふふ」と声を出した。「笑った」。京子さんには「知果の『うれしい』という感情が初めて伝わった」瞬間だった。知果さんは1歳になろうとしていた。このおもちゃを買おうとすると、涙でレジがぼやけた。京子さんは確信した。「この子と一緒に頑張れる」

■楽しみながら
 少しずつ子育てを楽しむゆとりを見つけ、知果さんと向き合うようになった京子さん。健常児の家族を含め周囲との交流も次第に増えたが、現実に苦しむこともあった。

 「何この子。ゾンビみたい」。白目をむきやすい知果さんを初めて見た子どもが口にした。無邪気で鋭いひと言が胸に刺さった。

 帰宅して彰さんに報告すると、「ゾンビだとしても、知果はかわいいスイートゾンビだよ」。想像すらしていなかった返答に、京子さんもつられて笑ってしまった。意思疎通もままならない重症心身障害という事実は消えない。せめて、常識にとらわれず、家族で楽しみながら生きていきたいと強く思った。

 初めて接する子に、京子さんは知果さんの障害について説明するようになった。どの子も自分なりに理解しようと、受け止めてくれる。優しさや配慮を示してくれる子もいる。そんなやりとりが京子さんの心を強くした。だから今は、笑って言える。「私が、ゾンビのママなの」

  ◇   ◇  

 知果さんは意思疎通ができず、体を動かすことも困難だ。「医療的ケア」の胃ろうで食事し、専用の車いすにもたれて生活する。そんな知果さんが昨年4月、地域の高崎金古南小に入学した。障害のあるなしにかかわらず、一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」。石川家と教諭たちが手探りしながら、充実した学びを目指す姿を追った。

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