八ツ場ダム完成 きょうから本格運用 計画から68年
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工事が完了した八ツ場ダム=31日
八ツ場ダム工事事務所の看板を取り外す職員
 

 国の計画発表から68年を経て、群馬県の八ツ場ダム(長野原町)が31日、完成した。水没地区の反対運動や民主党政権による工事休止などの影響で計画は長期化したものの、昨年6月に本体のコンクリート打設が完了、安全性を確認する試験湛水たんすいを経て、工事完了にこぎ着けた。1日から本格運用を開始し、群馬県や下流都県の利水や治水などに活用する。観光施設整備など生活再建事業の完了は2020年度に持ち越された。

◎地元の再建 本年度の課題に
 八ツ場ダム工事は1947年のカスリーン台風で利根川の堤防が決壊したことを受け、国が52年、建設調査に着手して始まった。建設を巡り、地元は「絶対反対」「条件付き賛成」「中立」の立場に分かれ、地域社会は分断。長年の闘争の末、計画の受け入れを決めたが、その後、人口流出に悩まされた。

 2009年に誕生した民主党政権下では、一転して無駄な公共工事と名指しされ、工事が中断されるなど混乱にも見舞われた。

 当初、00年度の完成が見込まれていたが、工期はたびたびずれ込み、事業費も当初の2.5倍の5320億円に膨らんだ。

 ダム本体のコンクリート打設は昨年6月12日に完了し、試験湛水が10月1日に始まった。3、4カ月かけて満水にし、堤体や貯水池周辺の安全性を確認する想定だったが、同12~13日の台風19号(令和元年東日本台風)の影響で同15日に常時満水位(標高583.0メートル)に到達した。安全性確認のため12月12日からは最低水位(同536.3メートル)を維持、試験湛水は今年3月9日に終了した。

 ダム機能が発揮できる状況が整ったことから、水をためる「貯留」を10日から始めた。31日時点の貯水率は29%となっている。

 ダムの完成を受け、同町の萩原睦男町長は「68年の長い歴史に区切りがついた」と安堵あんどする一方、地域振興施設の整備など23事業の完了が20年度中にずれ込んだことから、「本当の意味での完成まではあと1年ある。これからの街づくりも、力を合わせて乗り越えたい」と強調した。

 地元住民らでつくる八ツ場ダム水没関係5地区連合対策委員会の桜井芳樹委員長は「地元の再建といった課題が残っており、本体完成は一つの通過点に過ぎない」とし、今後は生活再建事業の進捗を注視するとした。

◎苦難顧み未来へ期待…ダム完成に地元住民
 工事計画発表から68年―。八ツ場ダムの本体工事が31日完了し、地元住民は感慨深く迎えた。一方、生活再建事業は工期延長で観光施設が未完のまま。新型コロナウイルスの影響で観光客が落ち込み、竣工しゅんこう式も見送られ、住民には期待と不安が交錯する。本体工事を管轄した国の八ツ場ダム工事事務所(同町与喜屋)は同日で廃止され、長い年月をかけた工事の終わりを象徴した。

 「完成を迎えられて良かった。でもこれからが大変だ」。水没した川原湯地区で飲食店を経営し代替地に移った水出耕一さん(65)は完成を喜ぶ一方、地域の過疎化を懸念した。

 水没前の約160世帯のうち、代替地に移ったのは4分の1にとどまった。「予想以上に残る人が少なく、どうすれば快適に暮らせる地域になるか」と悩む。

 工事が長期化し町外に出た人も多い。川原湯から2006年に中之条町に転居した竹田博栄さん(90)は「30代の頃が反対運動の全盛期。ダム完成を迎えるとは当時想像できなかった。70年近い時間は長く、人生をまるっきり八ツ場に費やした思い」と振り返る。

 政治にも翻弄ほんろうされた。09年の民主党政権時に工事中止が宣言された。現地入りした前原誠司国土交通相(当時)に直接意見を述べた道の駅八ツ場ふるさと館を経営する篠原茂さん(69)=林=は「なぜ今になって工事中止なのかとスピーチした日を思い出す。とうとう工事が終わったという気持ち」と話した。

 約360年続く老舗旅館、山木館の15代目、樋田勇人さん(25)は「賛否両論あるが、先人たちが国としっかり交渉したおかげで注目度が高くなった。どう未来につなげるのか努力したい」と前を向く。

 ダム建設の指揮を執った工事事務所は現在地に開設して30年。完成を見届け、看板が取り外された。朝田将事務所長(46)は「土地を提供してくれた人や町、県、関わってくれた人たちへの感謝でいっぱい」。その上で「大きな事業ゆえに批判の声が出たのは事実で、技術的にどう対策を取るのか向き合った約70年だった」と振り返った。

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