墜落 原因究明へ思い 日航機のタイヤ設計 黒田さんが御巣鷹登山
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
昇魂之碑にレポートなどを供え、事故に向き合い続けることを誓う黒田さん

 乗客乗員520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から8月で35年を迎えるのを前に、事故機のタイヤを設計した企業の技術者だった黒田昌弘さん(75)=東京都港区=が29日、事故現場の群馬県「御巣鷹の尾根」を初めて登山した。日航機の墜落に長年心を痛めてきた黒田さん。今年4月、タイヤと事故原因に関する仮説をレポートにまとめた思いを胸に、一歩一歩尾根を踏みしめた。

 黒田さんは関西大工学部を卒業後、ブリヂストンに入社。航空機用タイヤの開発に携わる部門に長年勤めた。

 あの日は偶然、次男と長女を連れて新宿のビル展望台を訪れていた。飛行する日航機を見上げ、「あの飛行機のでっかいタイヤはパパが設計したんだ」と子どもに語り掛けたという。だが、事故の翌日、テレビを見て言葉を失った。

 事故発生から2年後の1987年6月、事故調査委が調査報告書を公表。7年前の尻もち事故の修理ミスが原因となって後部圧力隔壁が破壊され、客室内に「急減圧」が発生、大量の空気が流れ込んだことで垂直尾翼が破壊されたと結論付けた。だが、黒田さんは「事故原因の解明に期待していたが、公表内容は技術者の視点から納得できるものではなかった」とし、煮え切らない思いを抱えて日々を過ごした。

 自身のレポートは23ページに及ぶ。きっかけは2017年、犠牲者の一人だった歌手の坂本九さん=当時(43)=のヒット曲「上を向いて歩こう」を題材に執筆した小説が、応募した新聞社の300文字小説賞で最優秀賞を受賞したことだった。「九ちゃんが奮い立たせてくれたようだった。改めて事故に向き合いたい」。研究に没頭し、今年2月ごろから2カ月ほどかけてまとめた。

 黒田さんは、事故に至るまでに垂直尾翼の付け根部に繰り返し負荷がかかり、金属疲労が蓄積していたことから垂直尾翼が飛散、最後部に装置された油圧管などが破壊され、事故につながったとみている。

 この日、黒田さんは頂上付近の「昇魂之碑」に着くと、花束とレポートを供え、手を合わせた。

 黒田さんが自身の仮説に確信を持つ一方、垂直尾翼は一部が破壊されるなどしており、仮説を裏付ける証拠はない。黒田さんは「正しい事故原因を明らかにしたい。自身の仮説をきっかけに、多くの人が真実について考えるようになれば」と力を込めた。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事