前橋空襲から75年 平和へ思いを刻む 市内各地で追悼慰霊祭
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慰霊碑の前で献花する参列者

 530人余りの犠牲者が出た前橋空襲から75年となった5日、前橋市の中心市街地各地で慰霊行事が行われた。広瀬川沿いの慰霊碑で追悼慰霊祭が開かれ、市内の宗教施設では一斉に鐘が鳴らされた。戦争体験者が少なくなり、関係者は記憶の継承への危機感をにじませる。市民は平和への思いを語り継ぎ、犠牲者の冥福を祈った。

 被害の大きかった広瀬川に架かる比刀根橋近くの慰霊碑では、地元の住吉町二丁目自治会(柿沼孝会長)が追悼慰霊祭を開催した。新型コロナウイルスの影響もあり、例年の半数ほどの約50人が参列。前橋敷島小に通う柳沢初さん(6年)、小林紗奈さん(5年)、角田康輔君(同)の3人が「平和と命の尊さを語り継いでいく」と誓った。

 慰霊祭は今年で17回目。自身も5歳で空襲を経験した柿沼会長(80)は「戦争体験者の高齢化が進む中、悲惨な出来事を二度と起こさないよう後世に伝えていくのが我々の役目」と慰霊祭継続の大切さを訴えた。

 午後4時50分になると、広瀬川沿いにある「太陽の鐘」や寺院、教会から太鼓や鐘の音が響き渡った。新型コロナの影響で慰霊行事が縮小される中、前橋文学館の窓には、前橋空襲翌日に戦争終結を天皇に直訴しようとした女性を題材とする紙芝居が映し出された。

 紙芝居は前橋学市民学芸員の峯岸隆臣さん(68)が3カ月かけ、放課後等デイサービスに通う子どもらと制作した。峯岸さんは「語り継ぐ人がいなくなってしまっている。勇気ある女性がいた事実を伝えていきたい」と力強く語った。紙芝居の投影は15日まで行う。

 終戦翌年から慰霊を続ける熊野神社は、市街地の被害状況が分かる地図などを境内に掲示し、氏子らが制作した空襲に関する絵本を配布。夕方から紙灯籠が点火され、空襲が始まった午後10時半ごろから東野善典宮司が「大祓詞おおはらえのことば」を唱え続けた。

 前橋中央通り商店街の前橋まちなか音楽館前では、演劇のプロデュースを手掛ける中村ひろみさん(56)が体験者の証言集を朗読した。家族と空襲から逃げ延びたという大嶋和子さん(84)は足を止め、「当時のことは今でもよく覚えている。子ども心に二度と戦争はしたくないと思った」と振り返った。朗読会は6、9、15日にも行う。

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