日航機事故35年 記憶を次世代に 思いをつなぐ 遺族が墓標に報告
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長男の莞爾さん(右)と2月に結婚した香央理さん(中央)と共に尾根を目指した池田典正さん。穏やかな表情で事故の記憶を伝えた=12日午前8時50分ごろ
つえをつきながら墓標を目指す山岡清子さん(左)と直樹さん(中央)=12日午前9時ごろ
美谷島さん(左)が見守る中、健君の墓標の前で絵本を音読する竹林架音さん(中央)=12日午後0時50分ごろ

 520人が犠牲となった日航機墜落事故から35年を迎えた12日、遺族は群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に登り慰霊した。最愛の家族の墓標に祈りをささげ、空の安全を願った。ただ、今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で昨年の80家族276人から、50家族141人と大きく減った。事故の風化防止が課題となる中、新たな世代に事故の記憶を受け継ごうとする遺族の姿もあった。

■孫が結婚 亡き父に報告
 「家族が増えた。感慨深いですよね」。父の隆美さん=当時(53)=を亡くした池田典正さん(60)=東京都世田谷区=は、2月に結婚した長男夫婦と共に尾根を目指した。幼い頃から一緒に登ってきた莞爾かんじさん(27)と、妻の香央理さん(28)だ。

 池田さんは尾根を登りながら、香央理さんに事故の記憶を伝えていた。「父は飛行機の前の方に乗っていた。だから遺体は山の上の方で見つかった」「あの山のくぼみが『U字溝』。機体が接触した場所だよ」。つらい記憶だが、話す表情は穏やかだった。

 隆美さんは出張の帰りに事故に遭った。墓標に、2人の結婚を報告し、好きだったビールを供えた。香央理さんは「山に登ってみて分かったことがあった。事故は忘れ去られてはならないし、これからは池田家の一員として事故を心に刻みたい」。池田さんは「私もいつかは死んでしまう。当時の記憶を伝えていってくれるとうれしい」と話し、安全への祈りが次世代へと受け継がれていくことを願った。

 遺族同士が久々の再会を喜ぶ場面もあった。夫の孝之さん=当時(29)=を亡くした大阪府豊中市の小沢紀美さん(64)は、息子の秀明さん(34)と裕美さん(34)の夫婦らと尾根を訪れた。亡き夫に「また1年間見守ってね」と報告を終えると、妻の由美さん=当時(24)=を亡くした工藤康浩さん(60)=東京都足立区=らと出会った。

 事故後に親交を深めてきた両家族。墓標は隣同士だが、墓標前で遭うのは初めてといい、家族同士が笑顔で写真に納まった。「遠いけど、心はずっとつながっている。また来年ね」。紀美さんが語り掛けると、工藤さんも笑顔で応じた。

 事故から35年がたち、風化が懸念されるが、秀明さんは「事故のない社会を当たり前にしていかなければならない」。工藤さんは「慰霊の園での式典など、続けられる形で継承していく必要がある」と語った。

■コロナ禍で慰霊登山断念 高齢遺族 家族に託す
 今年は新型コロナウイルスの影響で登山を断念した高齢の遺族が多く、思いを託された家族が慰霊登山する姿が見られた。

 「絶対待ってる。今行くよ」。妹2人を亡くした山岡直樹さん(53)=堺市=は、感染予防などから登山を断念した父、武志さん(83)の思いも込めて登山道を一歩一歩踏み締めた。

 一家の慰霊登山は、事故の年から続く。昨年、武志さんは体力や視力が低下し登山を断念、登山口で直樹さんと妻の清子さん(74)らを見送った。その後、武志さんは手術で視力が回復し、登山を目指していた。

 その矢先、コロナの感染が拡大した。3人で相談し7月上旬、今年の登山中止を一度は決めた。だが、直樹さんは尾根で待つ妹たちに思いが募り「やっぱり、行かないと後悔する」。武志さんの思いも背負い、尾根に向かうと決意した。

 直樹さんは、清子さんら計9人で尾根を目指した。「来ないと一年が終わらない。あの子たちが待ってる」と息を切らしながらも足を進めた清子さん。墓標に「来年こそ(武志さんを)連れてくるからね」と約束した。直樹さんも「来年はみんなで来るよ。待っててな」と声を掛けた。

 父の昭司さん=当時(50)=を亡くした若本千穂さん(55)=神奈川県大和市=も、コロナ感染防止のため家族での慰霊を見送り、1人で登った。「道中は寂しかったが、久しぶりに父と二人だけで話せた」。墓標に、息子の妻が母の日に食事を作ってくれたことを報告し、「父が生きられなかった一年一年を大切に生きていくことが精いっぱいの親孝行かな」と語った。

■絵本を朗読 墓標に供える…美谷島さん、作家の柳田邦男さんら
 遺族らでつくる「8.12連絡会」の事務局長を務め、事故で次男の健君=当時(9)=を亡くした美谷島邦子さん(73)=東京都大田区=は12日、夫の善昭さん(73)や作家の柳田邦男さん(84)=東京都杉並区=、柳田さんの妻の英子さん(71)らと墓標を訪れた。

 善昭さんは事故後に墓標近くにモミの木を植えた。美谷島さんと英子さんは、モミの木から見た尾根などを描いた絵本「けんちゃんのもみの木」を数年前から制作している。この日、絵本の原本を供え、完成間近なことを報告した。

 健君と同じ年齢になった柳田さんの孫、竹林架音さん(9)は尾根に来るのは3回目。墓標に絵本を音読して聞かせた。「健君に聞いてもらおうと練習してきた。緊張した」と笑顔を見せた。

◎安全の聖地で「教訓生かす」…日航社長
 日航の赤坂祐二社長は12日、上野村の「慰霊の園」での追悼式典後、報道陣の取材に応じ、「事故の教訓を生かしていかなければならない」と述べ、上野村の墜落現場「御巣鷹の尾根」について今後も安全の聖地として整備に力を注ぐ考えを示した。

 同社はパイロットの飲酒問題で昨年10月までに国交省から2度にわたり事業改善命令を受けた。社員の安全意識について問われると「一番大事で効果的なことは、御巣鷹に来ること。何度も山に登って何かを感じてもらうことが大切だ」と述べた。自身も同日午前に尾根を慰霊登山し、昇魂之碑に祈りをささげた。

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