中島飛行機小泉製作所本館 開所時に配られた絵画 大泉で企画展
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中島飛行機小泉製作所の本館を描いた絵画

 群馬県大泉町にかつて存在した中島飛行機小泉製作所の開所式に列席した人たちに配られたとみられる絵画が同町の民家で見つかった。町は14~20日、この絵画を含む資料を展示する戦後75周年の特別企画展を町公民館で開く。

◎後の三洋電機東京製作所 町にとって歴史の一部
 絵画が見つかったのは、町教委の村田浩二生涯学習課長の実家。物置を整理していたところ、棚の引き出しに入っていた。紙袋には「昭和17年11月3日 開所式記念 中島飛行機株式会社小泉製作所」と書かれ、中に同製作所の本館が描かれた絵画が入っていた。

 村田課長によると、祖父の謙弥さんは旧小泉町(現大泉町)で共同出資し、製作所の工員向けに昼食を作る会社を興した。「おそらく祖父も関係者として開所式に招かれ、もらったものではないか」と推測する。

 同製作所は敷地面積132万平方メートル(東京ドーム約28個分)を誇る「東洋一の大工場」と言われ、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)や月光、銀河などを量産した。

 その後、米軍の軍需工場への空襲が熾烈しれつを極め、1945年4月4日には製作所が壊滅的な損害を受けた。しかし、本館は空襲の難から逃れ、米軍の接収を経て三洋電機東京製作所となった。現在は「テクノゲート」が建ち、姿を消したが、村田課長は「三洋の元従業員や年配の町民には懐かしい絵画だと思う。町にとって本館は歴史の一部」と話す。

 町は5年ごとに戦争関連資料の展示をしており、今年は「戦争資料で見る戦前戦中下のくらし」を開く。今回見つかった絵画など新しい資料12点を含めた約70点を展示する。

 開催に合わせ、町は記念冊子を300部作成。1部700円で販売する。

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