《湯けむりの先に》(2)事業承継 災害や後継難 存続危機迎える宿
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霧積温泉(安中市)の一軒宿の金湯館。昨年の台風で道路が寸断されるなど苦境に立たされた
管理されず、放置された状態が続くホテルだった建物=みなかみ町
 

 昨年10月の台風19号(令和元年東日本台風)など頻発、激甚化する近年の自然災害は、群馬県の温泉地の旅館経営をも揺るがす。新型コロナウイルス感染拡大が追い打ちを掛け、存続の危機を迎える旅館もある。後継者不足を理由に廃業や休業を余儀なくされるケースは全国的に増えているが、一度は途絶えた一軒宿を復活させたり、第三者に事業承継したりと、経営をつなぐために奮闘を続ける関係者もいる。高齢化の進展や自然災害の影響を受けながらも、宿を守ろうとする熱意が温泉地を支えている。

■台風で道が寸断
 生い茂る木々の向こうに、赤色屋根の建屋が寄り添うように並ぶ。霧積温泉(安中市)の金湯館。台風19号や新型コロナウイルスの影響で減った客足は戻りつつあるが、例年には遠く及ばない。

 台風の際には、旅館につながる県道が寸断された。道路が復旧するまでの約4カ月間、通常通りに宿泊客を受け入れられない状況が続いた。建物や温泉に大きな被害はなかったが、予約の取り消しは延べ700人近くに上った。

 1884年創業。当時は全国有数の避暑地として栄え、政財界や文学界などの著名人が訪問した。1910年に起こった水害による山津波で一帯の建物がほとんど流されたが、同館は唯一残ったという。4代目の佐藤淳さん(49)、知美さん(49)夫妻は「コロナの第2波など不安もあるが、今は踏ん張りどころ」と力を込める。

 台風19号は新鹿沢温泉(嬬恋村)の老舗、鹿澤館にも大きな爪痕を残した。豪雨で歴史ある本館に大量の土砂や水が流れ込み、営業休止に追い込まれた。

 4代目当主の鴇沢良平さん(63)は営業再開を模索したが、復旧には多くの費用がかかると判明。コロナ禍で先行きの見通しが立たなくなったことも加わり、再開を断念した。

 昭和、平成、令和と歴史を刻み、温泉地の中心的存在として親しまれてきた建物は、解体が決まった。鴇沢さんは「時間はかかるかもしれないが、今後の状況を見ながら、小さな民宿ができるか考えてみたい」と前を向いた。

■一軒宿守り抜く
 環境省のまとめによると、県内の温泉地はここ10年、100カ所前後で推移している。廃業や休業の一方で、開業や営業を再開するケースもある。

 旧吉井町の湯端温泉(高崎市)は、牛伏山の麓にある一軒宿の温泉地だ。2006年から休業していたが、12年夏に創業者の孫、桑子済さん(35)と、妻の真澄さん(34)が再開した。後継者不足で悩む家族経営の旅館が多い中、地域の宝である源泉を引き継いだ。

 宿は済さんの祖父、清さん(享年80歳)が1971年に創業した。一度は途絶えたが、生前から跡取りとして期待されていた済さんが県内の温泉宿で働いて経営のノウハウを学び、再開にこぎ着けた。「多くの人の応援があって今がある。本当にありがたい」。今後も、祖父から継いだ一軒宿を守り抜くつもりだ。

【旅館やホテル】第三者に託すケースも
 旅館やホテルの経営を引き継ぐのは、子どもをはじめとした親族がほとんどだ。しかし、全国的に後継者不足が深刻になる中、新しい承継の形として、第三者に未来を託すケースも出ている。

 沢渡温泉(中之条町)にある「まるほん旅館」。後継者不足で廃業の危機にあったが、元銀行員の福田智社長(53)が引き継いで老舗旅館を守り続けている。

 福田さんは元々、群馬銀行中之条支店で同旅館を担当していた。20年ほど前に、先代から「営業をやめる」という話を聞き、事業継続に向けて買い取り先探しに奔走した。

 足かせになったのは温泉を巡る権利。当時、沢渡温泉の源泉に関わる権利は第三者に譲れないルールがあった。「廃業するならば自分がやる」。猛反対する家族らを説得し、先代と養子縁組した上で旅館を引き継いだ。37歳の時だった。

 「最初は不安もあったが、後悔はない」。福田さんは力を込める。この湯を守ることが、自分の生活を守ることにもつながると信じている。

 日本政策金融公庫が2018年に行ったアンケートによると、事業を承継させる予定がないホテル、旅館のうち半数以上は「後継者不足」を理由とした。第三者からの経営の打診を「前向きに検討する」と答えたのは1割強。だが近年は「リフォームしたりレストランに変えたりして、カラーに合わせて好きに経営して」などと、ホームページで希望者を求める施設もある。

【廃旅館の放置】景観悪化や安全に懸念
 事業継続を断念したホテルや旅館が放置されるケースが全国で相次いでいる。みなかみ町でも複数の施設が解体されずに老朽化していくことが問題となり、住民や観光関係者から撤去を求める声が上がる。

 JR水上駅から温泉街に向かう途中にある「ホテル大宮」。数十年前に廃業したとみられる。人的被害は不明だが、外壁などが落下することもあったという。見た目の悪いイメージが周辺の魅力低下につながりかねず、安全確保も課題だ。

 こうした場合、自治体が土地や建物を取得し、整備するケースもある。みなかみ町では、このホテルのように未整備のままの建物が10棟ほど確認されており、全て整備するには膨大な費用が必要。町が過去に取得、解体した事例があるものの、担当者は「所有者を把握することが難しい施設もあり、簡単には進められない」と説明する。

 民間が整備した例もある。水上温泉「源泉湯の宿 松乃井」などを経営するシーガル・リゾートイノベーション(同町湯原、戸沢千秋社長)は2015年、猿ケ京温泉のホテルの経営権を取得して建物を改修。新たな旅館に造り替えた。その後も別のホテルを取得し、整備を検討している。

 戸沢社長は「『きれいな温泉街でゆっくりしてほしい』というのは誰もが持つ願い。景観を守り、温泉街を再生するには行政の協力を得ながら、民間や地域が一体で進めることが欠かせない」と話す。

《視点》“宝”守る意識の共有を
 誘客に大きな役割を果たす温泉旅館は、収益面とともに後継者不足という構造的な問題に直面している。加えて自然災害や新型コロナウイルスなどさまざまなリスク要因もあって事業承継には課題が山積しており、このままでは受け継がれてきた貴重な地域観光資源の消滅を招きかねない。

 小規模の旅館は親から子へ受け継ぐ世襲が多いとされ、温泉地の存続は経営者の自助努力に頼ってきたのが現状だ。一方で、先行きの不透明さから家業を任せることをためらう経営者も多く、従来の事業承継が難しくなっている。

 多くの温泉地がある長野県も同様の課題を抱え、人材の獲得に力を入れる。同県は昨年、都内で出勤前の会社員を対象に全8回の市民講座を実施し、旅館経営や事業承継の仕組みを紹介した。行政が温泉地などと連携して「未来の後継ぎ候補」を探す画期的な取り組みだ。

 群馬県内にある約100カ所の温泉地のうち、半数はたった1軒で湯と温泉地名を守り継ぐ「一軒宿」だという。廃業は温泉地の消滅につながる。地域に人を呼ぶ貴重な“宝”を守るため行政、地元住民も意識を共有、湯けむりの里を次世代に受け継いでいく仕組みを連携して模索するべきではないだろうか。(安中支局・井部友太)

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