《湯けむりの先に》(3)もてなし 設備と人 変化するニーズに対応
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心を込めて接客するエランティカさん(中央)とサジーワさん(右)。今や戦力として欠かせない存在だ=四万温泉の「時わすれの宿 佳元」
 
 

 昭和から平成、令和と時代が移りゆく中で、旅行の形態や楽しみ方は大きく変わった。群馬県内の温泉地の旅館・ホテルも高級路線で差別化を図ったり、近年はバリアフリー化を進めたりと、多様なニーズに合わせて設備投資を進めてきた。だが、新型コロナウイルス感染拡大で、客層は個人、小グループへの移行がさらに加速。各宿泊施設はコロナ収束後を見据えた運営を模索する。人手不足という長期的な課題にも直面し、外国人の採用や情報技術(IT)の活用で業務効率化を目指すなど、解消に向けて奔走している。

■接客レベル向上
 視線の先には青空が広がり、時が止まったような非日常感が漂う。伊香保温泉(渋川市)の「ホテル木暮」の露天風呂付き客室。宿泊単価は高めだが、新型コロナの影響下で需要が高まっている。

 これまで同ホテルは貴賓室の改修や館内分煙などニーズの変化に対応した設備投資を重ねてきた。飯星崇副支配人(38)は「今後はプライベート空間を確保するサービスや設備の充実がより求められる」と語る。

 時代に合わせ、顧客獲得に知恵を絞ってきた県内の宿泊施設。今は新しい生活様式に沿った運営と受け入れ態勢の充実を図ることが急務だ。部屋食の需要が高まり、大規模な宴会も見込めないことから大広間に間仕切りを設け、小分けにして使う動きも出ている。

 日本政策金融公庫の調査(2019年)によると、ホテルや旅館の設備投資の目的は、施設の「補修・更新」が最も多く、ニーズに応えるための改装などの「売り上げ増加」が続く。近年は、ITを活用して業務効率化を進める「合理化・省力化」の割合が高い。

 上牧温泉(みなかみ町)の「辰巳館」は、4年ほど前まで宿泊客の情報を台帳やホワイトボードに手書きで記入していたが、タブレット端末で共有する仕組みに切り替えた。深津卓也社長(57)は、IT導入で裏方業務の時間が短縮され、生み出された時間を接客レベルの向上に充てられると強調。「お客さまとの接点を今まで以上に大切にしたい」と意気込んだ。

■存在感増す外国人
 旅館のもてなしを支えるのは「人」だが、宿泊・飲食サービス業の3年以内離職率は大卒・高卒ともに5割を超えるなど、人手不足が顕著だ。県内の旅館経営者からは「これまでは求人募集をかけてもなしのつぶて。知り合いに拝み倒して人手を確保してきた」との声も聞かれた。

 そんな中、県内でも外国人の働き手が存在感を高めている。群馬労働局によると、19年10月末時点で県内の旅館やホテルで働く外国人は417人で、前年より92人増加した。

 四万温泉(中之条町)の「時わすれの宿 佳元」では、スリランカ出身のエランティカ・スリマティさん(28)と、サジーワ・チャーヌカさん(29)が現場を支える。ともに日本語学校と専門学校を卒業後、昨年4月に同旅館に就職。客室の案内や食事の準備など仕事は多岐にわたり、外国人客が訪れる際には率先して対応する。2人は「毎日いろいろなお客さんに会えるのが楽しい。満足してもらえる接客を心掛けたい」と目を輝かせる。

 インバウンド(訪日外国人客)の増加や人手不足を背景に、8年ほど前から外国人の雇用を始めており、田村佳之社長(49)は「欠かせない存在。才能を十分に発揮してもらうためにも、働きやすい雰囲気や環境づくりに努めたい」と話している。

【耐震改修】工事費が経営圧迫
 1981年以前の旧耐震基準で建てられた大型施設に、耐震診断を義務付ける改正耐震改修促進法が施行されて間もなく7年、県内温泉地の旅館・ホテルでも安全確保が進む。一方で、新型コロナウイルス感染拡大の影響で改修工事に遅れが出るケースもあり、事業者の負担を減らす環境整備が課題となっている。

 同法は、3階以上で延べ床面積5000平方メートル以上の旅館やホテルなどに耐震診断を義務付けた。現在、県内の対象施設は全て診断を終え、耐震設計や工事を進めている。

 だが、診断や工事の費用が経営を圧迫し、事業継続に支障が出る恐れもある。コロナ禍で客足が見込めなければ、さらに状況が厳しくなる。ある旅館経営者は「補強工事を今年行う予定だったが、感染症対策を優先して延期した」と明かす。

 対象施設の線引きに対する疑問の声も。別の経営者は「5000平方メートル未満で倒壊しそうな旅館もある。縮小工事の方が安ければ、耐震改修をせずに建物を小さくするところも出てくるのでは」と指摘する。

 改修工事は努力義務だが、「宿泊施設にとって事実上の義務」と捉える旅館関係者もいる。安全が保証できれば修学旅行などの誘致にもつながるという。

 国は本年度から、補強設計や改修工事への補助率を上げた。県は「施設側と工事の計画などを相談しながら、安全性を高める後押しを進めたい」としている。

【人材定着】地域全体で若手を育成
 雇用した人材をいかに定着に結び付けるか。「確保」だけでなく、温泉地が長年抱え続ける課題だ。各旅館・ホテルでは、新入社員が働きやすい職場づくりを進めたり、若者を地域全体で大切に育てていこうとしたりする動きが広がっている。

 伊香保温泉(渋川市)の「ホテル松本楼」は、新入社員に年齢の近い先輩社員が1対1で寄り添い、精神的に支える「エルダー制度」を導入している。およそ5年間で、社員の3年定着率は25%から75%に上昇しており、着実に効果を上げている。

 導入のきっかけは退職者の声だった。辞める社員が相次いだ際、それぞれに退職理由を尋ねたところ、「教える人によって指導のやり方が違う」と答えたという。

 社員の若返りも進める。松本光男社長(49)は「社員の成長が旅館の成長につながる。人材育成には時間、お金、情熱をかけていきたい」と力を込める。

 施設間の連携や地域一体の取り組みも、働きやすさを育む上で欠かせない。四万温泉(中之条町)では、地域の旅館に就職した新入社員の合同入社式が2014年から開かれている。

 四万温泉協会によると、始まった当時の3年離職率は38%だったが、16年には20%まで改善した。合同入社式はその後、みなかみや草津の各温泉地にも広がった。旅館の垣根を越えて生まれる交流や同期同士のつながりは、働くモチベーションを高めている。

《視点》サービス見直し新需要を
 新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけとして、温泉地の旅館やホテルには、より顧客ニーズを見極めた経営が求められている。

 熊本県観光協会連絡会議は5~6月、全国約3000人に意識調査をした。なくても良いおもてなしに関する項目では「スタッフ一同の出迎え見送り」「仲居さんによる客室でのお茶やおしぼり出し」「荷物運び」が6割を超えた。国民の旅行や接客に対する意識は確実に変化している。

 宿泊客のニーズが多様化する中で、食事を提供しない「素泊まりプラン」を取り入れる宿が増加。シンプルな旅の需要の高まりが背景にある。

 細部まで気配りが行き届いたサービスは旅館の強みで、宿泊の醍醐味だいごみでもあるが、コロナの影響下では行き過ぎない接客がむしろ好印象に捉えられる。「簡素さ」はスタッフの感染リスクを減らすだけでなく、作業時間の短縮にもつながる。各施設に業務効率化の対策を訴えたい。

 伝統的なサービスや働き方を見直すことは、新たな需要を生むことになるだろう。長い歴史の中で培われてきた「おもてなし」の精神は変わらぬまま、時代とともに変化する価値観に応えていくことが、湯けむりの里の継承につながるはずだ。(安中支局・井部友太)

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