《NEWSインサイド》ネット中傷対策 群馬県が条例 抑止なるか
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 自治体がインターネット上の誹謗ひぼう中傷対策に乗り出している。群馬県が被害者支援条例の年内制定を目指すほか、大泉町も独自の施策を打ち出す。いずれも相談体制の充実と啓発・教育が柱で、抑止力として求める声がある罰則は群馬県条例にも設けられなかった。被害経験者らは自治体の動きを歓迎しつつ、対策が実際に抑止や救済につながるのか見守っている。(西山健太郎)

 県は条例の素案で「県民が被害者にも加害者にもならない」ことを掲げた。その上で、県の「責務」として (1)相談体制の整備 (2)ネットを正しく使いこなす知識と能力「ネットリテラシー」教育―といった施策を盛り込んだ。

 一方、県民の「役割」としては被害者支援の必要性を理解し、リテラシー向上に努めることを明記した。意見公募(パブリックコメント)を経て11月開会予定の県議会に条例案を提出、成立を目指す。年内に成立すれば全国初という。

■教育現場にPC
 県が率先して取り組む背景には、著名人や新型コロナウイルス感染者に対するネット上の誹謗中傷などが社会問題化していることに加え、教育現場のデジタル化を急いでいることがある。

 県は本年度、県立高校の生徒1人1台パソコン(PC)配備を打ち出し、市町村にも小中学校を対象に歩調を合わせるよう要請している。大半の市町村が足並みをそろえる見通しだ。

 子どもたちを取り巻くICT環境が整備されていく一方、県教委が行った2018年度の調査で、県内公立小中学校、高校、特別支援学校が認知したPCや携帯電話などを使ったいじめは159件と、4年で倍増している。県戦略企画課は「子どもたちへのリテラシー教育の必要性が増している」と分析する。

■被害者の支えに
 ただ、素案を示した今月2日の県議会では議員から「条例が絵に描いた餅で終わった経験がある。罰則があった方がリスクを減らせるのではないか」との声も上がった。これに対し、同課は刑法の名誉毀損きそん罪、侮辱罪、民事上の損害賠償などを挙げ、「こうした現行法を上回る規定を設けるのは難しい。仮に制定するとしても相応の期間が必要となる」と説明した。

 さらに素案づくりのため、ネット問題に詳しい有識者たちに意見を聞いた際に「県が条例をつくることが、まさに今、実際に被害を受けている人の心の支えになる」と指摘があったことを明かし、早期成立の必要性を強調している。

■個人は無力
 「今日は何時に死ぬんですか」「あんたも責任取れ。クソババア」。ネット掲示板に激しい攻撃の言葉が並び、携帯電話やパソコン、自宅にまで大量のメールや手紙が毎日何度も届いた。

 フリーアナウンサーとしてテレビなどで活躍していた高橋美清さん(55)=伊勢崎市=は数年前、仕事上の知人の逮捕と、その後の死去をきっかけに事実無根の誹謗中傷を受けた経験を持つ。

 友人と思っていた人は離れていき、番組のレギュラーや新聞のコラム、イベントの司会などの仕事も「今はあなたのためにならない」と次々と失った。降板が「うわさは本当だったんだ」と攻撃の激化を招く負の連鎖が続いた。

 警察や弁護士、プロバイダー(接続業者)に中傷の削除や摘発を依頼しても門前払いされたり、露骨に嫌な顔をされたりとなかなか前に進まない。社会的に抹殺され、命を絶つことも考えた。「生き残る選択肢はこれしかなかった」と最後に選んだのが当時の名前を捨て、仏門に入る道だった。

 その後、周囲の助けを得て一部の投稿者を特定、謝罪も受けたが、「ネットの中傷に対し、個人は本当に無力。何もできない。書き込みなど見なければいいと言うが、『誰か一人くらいは味方してくれているのではないか』と見てしまう」と当時の心理を振り返る。

 現在は天台宗の僧侶と保護司を務めつつ、自身の経験に基づく講演活動を行っている。それだけに「行政が窓口となり、きちんと関係機関につないでくれるのが一番。念願だった」と、ネット上の誹謗中傷の被害者支援に乗り出す県や大泉町の取り組みには大きな期待を寄せている。

■無料で対応
 県は条例制定に先駆けて常設の相談窓口を置く方針。専属の相談員が電話やメールを中心に相談に応じ、必要に応じて弁護士や臨床心理士ら専門家につなぐ。一定の回数まで投稿の削除や投稿者の情報開示といった法的手続きの助言、精神的ケアを無料で受けられる仕組みだ。今月末の開設に向けて準備を進めている。

 大泉町は9月、被害者の状況に応じて関係機関につなぐ相談支援窓口を設置。町職員や教員を「ネットセーフティ・アドバイザー」として養成し、講演会などを通じた啓発も行う方針だ。高橋さんも町の求めに応じて「(中傷で)仕事を失い、生活が破壊される。それが本当に苦しく、命に関わる」とハローワーク(公共職業安定所)との連携を助言するなど経験者の視点から携わった。

 「対策がどこか欠ければ、割れた器から水が漏れるように被害者を救いきれない。行政には本当に頑張ってほしい」。高橋さんは切実に訴えている。

 ネット中傷対策 会員制交流サイト(SNS)で多数の誹謗中傷を受けたプロレスラーの木村花さんが5月に死去したことを機に強化を求める声が強まった。総務省が情報開示の対象に投稿者の電話番号を追加する省令改正を行い、投稿者を特定しやすくしたり、現在より開示が迅速に進む新たな裁判手続きの創設を検討するなど国も議論を加速させている。

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