《住宅団地の行方》(上)危機感 進む人口減 各地で活路模索
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城山団地の人口と城山小の児童数推移
空き家が目立つ太田市のいずみ住宅団地
板倉ニュータウンを巡る経過

 自治体や企業が都市郊外に造成、分譲した大規模な住宅団地が老朽化し、さまざまな課題が浮上している。群馬県内も例外ではなく、造成から数十年たち、空き家や高齢世帯が増加。必要な公共交通が限られたり、子どもの数が減って学校運営の先行きが楽観できない所もある。一方で、現状を直視し、活性化しようと模索する住民もいる。人口減少社会における街づくりの「最適解」は何か。県内各地を歩いて考えた。

■規模ほぼ半減
 10月中旬、高崎市城山公民館(同市城山町)。町内会発足から来春40年目となるのを前に、10年ごとに行ってきた記念事業について役員が集まって話し合った。

 城山町を構成する城山住宅団地はJR高崎駅から南約4キロにある。関越自動車道の建設に使う土取り場跡地に県企業局が約30ヘクタールを造成。1980~81年に2度の分譲募集があり、閑静な住宅街が形成された。しかし、県営の集合住宅を合わせて3000人を超えた人口規模は徐々にしぼみ、9月末で1563人とほぼ半減。地元の城山小の児童数は本年度、42人と最大時の10分の1まで減っている。

 話し合いに参加した住民の高崎経済大名誉教授、大宮登さん(69)はこうした状況に危機感を強める。地域再生論が専門の大宮さんらは、団地内の住民や公的機関に半年かけて聞き取り調査し、3月に課題を指摘する報告書をまとめた。話し合いでは事業を見送る意見が出たものの、団地の現状、魅力などを考えるワークショップや座談会を開く方向となった。

 大宮さんは「10年後にこの団地はどうなっているのか。新住民が入れば団地はよみがえる。課題に光を当てれば、事業の意味があるのではないか」と話す。

■SNSで発信
 自治体や企業などが全国で開発した住宅団地は、70年代前半が供給のピーク。同一時期に大量供給されたため、親世代の高齢化とともに子ども世代が離れ、空き家の増加などが問題となる。大宮さんの報告書によると、城山団地の戸建て住宅の年齢構成は65~69歳が最も多く、70~74歳、75~79歳と続く。戸建て500軒のうち空き家は29軒。町内会によると、県営住宅に入る世帯数は最盛期より4割以上減り、商店は半数以下になっている。

 城山団地から1キロ余り南西の南陽台住宅団地(同市吉井町南陽台)。旧西武不動産が丘陵地に開発し、81年に入居が始まった団地は全国から人が集まった。長崎県出身の1丁目区長、川口和清さん(66)は「協定によって家は2階建てまで。『そのうち軽井沢まで電車が通るようになる』と聞いて買った人もいたようだ」と苦笑する。

 南陽台団地の人口は2465人(9月末時点)。旧吉井町から高崎市への編入時(2009年6月)より160人余り増えた。開発が長期にわたった上、「全国的な傾向よりも中古住宅を購入する割合が高い」(佐藤英人高経大教授)との研究結果がある。西武時代からのブランド力が人口流入につながっている可能性がありそうだ。ただ、早期入居組の高齢化は明らか。川口さんはコミュニティーが活性化するよう、カフェなどの公民館活動やSNSでの発信に力を入れる。

 太田市は、県や市が開発した住宅団地が25カ所あることをホームページで公表している。34.5ヘクタールと3番目に広い、いずみ住宅団地(同市新田早川町)は70年代後半に造成された。自治会長の六本木敏明さん(70)は「65歳以上が半数超。若い世代が住みやすい街にしないと」と力を込める。

 団地内は665世帯が暮らすのに対し、空き家は30~40軒あるとみられる。外国人住民とは意思疎通に気配りしながら、協調して生活する。「これまでも無料バスの路線などについて市に要望してきた」と話す六本木さん。住みやすい団地になるよう、今後も行政に訴えるつもりだ。

【前橋・大利根団地】若い世代に購入の動き
 群馬県庁から利根川を挟んで南に3キロ余り。前橋市大利根町を構成する大利根住宅団地は県企業局が初めて取り組んだ大規模住宅団地として、1965年に造成工事が始まった。

 広さ約50ヘクタール。当時最先端の住環境を備えた団地は、官公庁や大企業の労働者が新居を求め、整然とした住宅街となった。町が生まれて半世紀。入居者の高齢化が進んだが、近年は若い世代の住宅需要の受け皿となる動きも出ている。

 「明るい兆しが見えてきた」。自治会長の福島昇さん(79)は昨年7月発行の自治会報に記した。団地内の空き家、空き地跡に若い夫婦が入居するケースを踏まえた表現だ。

 団地は67年に分譲開始。町名と自治会の発足(69年)から10年後の79年に約4000人が暮らしたが、景気の低迷とともに少子高齢化が進んだ。市によると、9月末時点の人口は2727人。高齢化率は市全域が29.3%なのに対し、同町は38.5%と10ポイント近く高い。ただ、昨年9月末の人口は前年同月比20人増の2738人と7年ぶりに増加し、底打ち感が出ている。

 町内を歩くと、広い庭とゆったりした駐車場のある住宅が多いことに気付く。魅力ある住宅街を目指して団地は当初、1区画を330平方メートル(約100坪)を標準に販売された。数十年たち、外部転出などで空き家、空き地となった区画を業者が2、3分割して販売。若い夫婦らの購入者が出ているという。

 同町を含む利根川右岸の東地区は人口増加地域で、福島さんは「若い人が集まる町にしていきたい」と話している。

【板倉ニュータウン】大学撤退 完売厳しく
 群馬県の東端に位置する板倉町の住宅団地「板倉ニュータウン」。県企業局が東洋大板倉キャンパスを中核に建設を進めた学園都市は四半世紀を経て、想定した人口規模(1万2000人)の2割、約2400人にとどまる。東洋大は今春、板倉からの撤退を表明。当初のイメージとの大きなギャップを抱えながら、企業局は“完売”の道筋を探る。

 「東毛の工業団地の労働力が居を構えるためのニュータウン、という発想だった。そのために、東京から人を分けてもらおうと。大学を誘致するわけだから、決して過大なものではなかった」。県企業管理者(1987~99年)としてニュータウン事業の立ち上げに関わった広瀬玉雄さん(91)=高崎市=はこう振り返った。

 ニュータウンは群馬県が90年に政策決定した「邑楽東部総合開発構想」を踏まえて始まった。キャンパスを含む総開発面積を218ヘクタールとし、94年に造成工事に着手。大規模用地買収のための新住宅市街地開発法の適用を受けた県内唯一の住宅団地で、企業局は買収費用に約240億円を投じた。

 97年春に東武日光線の駅と東洋大キャンパスが開設。同年10月には分譲が始まった。しかし、バブル崩壊後の金融危機と重なり、販売は苦戦を強いられる。県人口は減少に転じ、住宅需要は長期低迷。企業の進出意欲もあって2010年以降、産業用地への変更を余儀なくされた。用途別面積(未分譲を含む)は9月末時点で、産業用地(46.6ヘクタール)が住宅用地(35.2ヘクタール)を上回る。

 広瀬さんは「見通しが甘かったと言われるが、(継続的な)努力も足りなかった」と顧みる。

 県や町などから45億円の支援を受け、国際地域学部、生命科学部で始まった東洋大は09年に国際地域学部が移転。13年に食環境科学部が新設されたが、今春、23年度限りでの撤退方針を表明した。33ヘクタールのキャンパスは跡地利用の見通しが立っていない。

 元海上保安庁職員の佐藤策朗さん(79)は宮城県出身。土地建物を約4000万円で購入し、03年から暮らす。「退職後に落ち着ける所と思って買った。大学があるのは魅力だった」。大学の市民向け講座などが楽しみだったとし、今後に不安を募らせる。

 群馬大の小竹裕人准教授(公共政策論)は「計画は人口増加を前提としていて、自治体、大学とも少子高齢化を予見できなかった。東京に近く、都心に吸い取られる『ストロー効果』が出てしまった。こうした動きはなかなか止められず、似たようなことは他でも起きている。政策を前向きに切り替えるべきだ」と指摘する。

 企業局によると、未分譲の住宅用地は461区画(13.2ヘクタール)あるが、近年の区画販売実績は1桁台が続く。今後はテレワーク需要などの取り込みを目指すとしている。

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