震災10年 思い重ねて 南相馬から避難 片品の出会い「宝物」
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片品村成人式で旧友と5年ぶりの再会を喜ぶ川村さん(右)=昨年1月、片品村(同級生の小林日向子さん提供)
卒業式後の教室で級友の笑顔に囲まれた川村さん(右から2人目)=2015年3月、片品中

 「成人式は片品に戻ってみんなに会いたい」。福島県南相馬市から群馬県片品村に避難していた川村枢(くるる)さん=当時(15)=は2015年3月、片品中の卒業証書を手に、級友たちと約束を交わした。本県の高校に進学するか悩んだ末に、片品での4年間に区切りを付け、古里に戻る決断をした。

 昨年1月。片品村成人式の会場に、晴れ着姿の川村さんの姿があった。「久しぶり」「元気だった?」。古里に戻って5年がたっていたが、中学時代と同じように、たわいのない会話を弾ませた。

 11年3月11日。小学5年生だった川村さんは下校前に校内の掃除をしていた。経験したことのない大きな揺れに泣きだす友人もいて、慰めるのに必死だった。不安な思いで帰宅すると、家の中がぐしゃぐしゃになっていた。

 福島第1原発事故により生活が一変した。母親は放射性物質への不安から家族での避難を決めたが、祖父は「故郷を離れたくない」と主張し、とどまることに。川村さんたちは同18日、行き先も分からないまま集団避難用のバスに乗った。しばらく進んでから渡されたのが、片品村のパンフレットだった。

 同村の小学校に転入したが、地元の友人と離れ離れになったことが寂しくて、「『帰りたい』とばかり考えていた」。幸い、いじめはなかったが、見知らぬ土地で暮らしていく不安はあまりにも大きく、避難当初は自身の思いを口にすることができなかった。

 だが、ぬくもりを感じる片品の風土や人々との出会いから、徐々に心がほぐれていった。中学校ではソフトテニス部に所属。授業で尾瀬に行ったり、クロスカントリーに挑戦したり。修学旅行当日に寝坊し、バスが自宅まで迎えに来たのも良い思い出だ。

 福島でマーチングをしていたことを知った片品のボランティア団体から、トランペットをもらった。高校のコンサートにソロで特別出演したこともある。「4年間はとても楽しく、同級生や先生、地元の人たちに『ありがとう』って伝えたい。福島から来た避難者としてではなく、一人の人間として向き合ってくれた」

 21歳となった現在、福島県相馬市内でアルバイトをしながら将来を見据えている。苦しいとき、悩んだときは、片品で出会った人たちの存在が今も心の支えになっている。「片品の友達は震災があったからこそ出会えた人たち。宝物です」。震災後に生まれた8歳の妹には、いつか自らの言葉で伝えたいと思っている。「あの日」のこと。そして、大好きな片品のことも。

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