《開業100年 新前橋-渋川》人の出会い 支える4駅
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渋川駅前で花を植える渋川広域ものづくり協議会のメンバーら
新前橋駅前にある詩碑。萩原朔太郎の詩が刻まれている

 間もなく開設から1世紀が過ぎる4駅。長い時を隔て、間近に駅を見てきた人の心に、多くの思いが去来する。

花で出迎え

 NPO法人渋川広域ものづくり協議会は5年以上、渋川駅前の花壇に花を植え続けている。群馬県渋川市の花「アジサイ」などで飾れば、駅を降り立った人たちが気持ちいいだろうと始めた。協議会相談役の岸邦夫さん(83)は「花を通して会話も生まれた」と笑顔を見せる。

 2013年から約4年間、八木原駅の駅長を務めた梅沢敏夫さん(60)=みなかみ町=は「地域との距離が近いのどかな駅だった」と振り返る。同駅は業務委託で別会社による運営に切り替わっており、JR職員としては最後の駅長だった。「これからも末永く利用してほしい」と願う。周辺には近年、住宅が増えた。

駅前整備に期待

 将来、群馬総社駅西口が開設することを楽しみにしているのは近くに住む大武仁作さん(75)。「隣接する吉岡町からの利用者も増えれば活性化につながる。期待が高まるね」。元前橋市議で、駅前整備は以前から懸案だった。

 新前橋駅前の「大黒寿司」は創業80年。2代目の柳川義一さん(72)は、寛容だった駅員のことを覚えている。少年時代、線路脇に積まれた枕木に隠れても、線路内にボールが飛び込んでも「気を付けて」の一言で済んだ。「子どもたちへの理解があった。今では考えられないけど」と笑う。

朔太郎の碑

 〈野に新しき停車場は建てられたり〉

 新前橋駅前の碑に刻まれた詩「新前橋駅」の冒頭の一節。同市出身の詩人、萩原朔太郎が1925年の詩雑誌に初めて発表した。田畑ばかりの土地に、真新しい駅舎が登場した情景が浮かぶ。

 朔太郎は当時、詩人として認めてもらえない寂しさを感じ、孤立感を深めていた。前橋文学館の松井貴子学芸員は「新しい建物ができたことへのうらやましさなのか、汽車が通ることの物珍しさを表現したのか。どちらとも考えられる」とする。

 〈いかなればわれの望めるものはあらざるか/憂愁の暦は酢え/心はげしき苦痛にたへずして旅に出でんとす〉

 朔太郎は駅舎を仰ぎ、将来に向けて旅立つ決意を新たにしたのだろうか。

 新前橋、群馬総社、八木原、渋川の各駅は、これからも人々の移動を支え、暮らしを見守り続ける。(まとめ 臂真里緒)(おわり)

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