《届け!エール 東京五輪》けが克服 成長を実感 ラグビー7人制女子 清水麻有選手の父・清水淳一さん(高崎)
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活躍を願う淳一さん。清水選手が汗を流した農大二高ラグビー部で現在も指導を続けている

 「けがなどでつらい思いをしてきた分、思いっきりプレーしてほしい」。ラグビー7人制女子の清水麻有選手(23)=日体大大学院、農大二高出身=の父、淳一さん(54)=群馬県高崎市=は大舞台での活躍を願っている。

 農大二高ラグビー部の監督をしていた淳一さんの影響もあり、幼い頃から同校のグラウンドを訪れていた清水選手。ラグビーを身近な存在として感じながら育ち、小学3年の時に高崎ラグビークラブで本格的に競技を始めた。

 2016年にリオデジャネイロ五輪で女子ラグビーが正式種目になることが決まると、「五輪に出たい」と言うようになったという。しかし、リオ五輪は最終選考で落選。「選ばれるかなと思っていたところでの落選だったので、ショックは大きかったと思う」。淳一さんは当時を振り返る。

 清水選手は日体大に進学し、海外遠征などで順調に力を付けていたが、19年に右膝の前十字靱帯(じんたい)断裂の大けがを負った。20年の東京五輪に間に合うか不安視されたが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期となり、淳一さんは「体づくりをじっくりできる期間になり、本人にとってはプラスになったのではないか」と捉えている。

 清水選手は新型コロナで代表活動が止まった昨年3月から2カ月ほど実家に戻り、弟で農大二高の後輩の麻貴さん(東海大3年)とトレーニングに励んだ。母校の日体大の練習メニューに加え、体力を落とさないよう長短のランニングに取り組んだ。高校卒業後初めて長期間を実家で過ごし、精力的にメニューをこなす娘を見て、淳一さんは「心身ともに成長したんだな」と喜びを感じた。

 普段の連絡は無料通信アプリのLINE(ライン)で行っているが、急な用事などの際は電話をしてくるという。右膝のけが以降、清水選手から電話がかかってくるたびに、「またけがをしたのではないか」と不安になる日々が続いたが、「無事に五輪を迎えられて良かった」と安堵(あんど)する。

 ラグビー7人制女子は29日にオーストラリアとの初戦を迎える。淳一さんは「無観客での開催となり、間近でプレーを見られないのが残念」としながらも、「磨いてきたコンタクトプレーでチームに貢献し、死に物狂いで頑張ってほしい」とエールを送る。(吉野友淳)

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