「いつか母と国立に」 前回東京五輪出場・故カルナナンダさんの孫娘が五輪出場選手にエール
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カルナナンダさんの写真を手にするオーシャディーさん。「祖父はスリランカよりも、日本で生きている」と感じるという

 スリランカ出身の女性で群馬県渋川市の特別養護老人ホームに勤務するオーシャディー・ヌワンティカさん(29)は、東京五輪の陸上男子1万メートル決勝が行われた30日を特別な思いで過ごした。祖父の故ラナトゥンゲ・カルナナンダさんが1964年の東京五輪で同競技に祖国代表として出場。断トツの最下位ながら、諦めずに完走した姿が観衆の心をとらえ、エピソードは日本の教科書に掲載された。

 カルナナンダさんはレース当日、本来のペースで走れず、周回遅れに。他の選手が次々とゴールしたり、リタイアしたりする中、最後は1人でトラックを3周して完走。諦めずに誇り高く走る姿に、7万人ともいわれる国立競技場の観衆が大きな拍手を送った。この10年後、事故で他界したが、諦めない姿勢は家族の支えになったという。

 母親から祖父のことを繰り返し聞いて育ったオーシャディーさん。スリランカの大学で地理学を学び、災害マネジメントを日本の大学院で学ぼうと2016年に来日した。

 前橋市の学校で日本語を学んだが、思うように上達せずに挫折。留学を諦めようとしたところ、母親から「せっかく日本で勉強しているのだから、他の方法も考えて勉強を続けてほしい」と励まされ、介護の道を志すことに。渋川市の専門学校を卒業し、介護福祉士として働きだした。

 スリランカでは日本のような福祉施設はなく、家族による介護が一般的。祖母を介護する母親を手伝っていたこともあり、「介護の仕事はやりやすく、好き」という。

 30日は夕方から夜勤のため、テレビ観戦もかなわなかったが、出場する選手に「スポーツは勝つことだけでなく、参加することも大切。祖父のように最後まで頑張ってほしい」とエールを送った。試合の放送を録画し、仕事を終えてから観戦する予定だ。

 オーシャディーさんは「いつか母を日本に呼んで、祖父が走った国立競技場を一緒に見に行きたい。将来は日本で身に付けた介護の知識や技術を、スリランカで教えられたらいい」と話している。(奥木秀幸)

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